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2006年12月の投稿

2006年12月29日 (金)

黄色で止まる

この1年ひどくなってきたと思うこと・・・信号が黄色でも車が交差点を突っ切っていく。赤に変わっても何台か止まらないでいく。アブナイ。交差点に入ってしまってから信号が黄色になるならわかるが、赤に変わるときにスピードをあげて交差点に入ってくるのは恐くないのかな。私は一度ぶつけてしまったことがあるので、今はとても慎重に運転している。黄色に変わると止まってしまう。

右折する時は、黄色になって直進の車が止まってから右折できるのが、黄色になっても止まってくれず、赤になってようやく右折できる。私が先頭で右折すると、赤なのに何台か一緒に右折してくるので、青に信号が変わった道路の方は待っていてくれる。信号が青になっても安心はできない。車がまだ来ないか確かめて交差点を通らないといけない。

そんな中、ラジオで信号の黄色は「注意」ではなく「止まれ」なんですよ、という話が出ていた。ドライバーの人はなぜか「注意」と勘違いしていると交通局の人が嘆く。このことを昨日乗ったタクシーの運転手さんに話したら、若いときに友達と観光旅行に行き、大きな交差点でパトカーが止まっていた。パトカーがいるなと見ていたら自分たちを追いかけてくる。なんだろうと思ったら、「信号が黄色なのに突っ切った」からだそうで、違反を取られたことがあるそうだ。「信号が黄色は止まらないといけないんですよ。私も気をつけていますが、最近ひどいですよね。みんな違反きっぷ切って欲しいよ」と言っていた。

最近の人はモラルがなくなったという話になりそうだが、赤でも止まらないのは老若男女みんなだ。どちらかというと、みんなで渡れば赤でも恐くないという発想なのかしら。交通マナーだけでなく、なんか国が赤でも皆で渡れば恐くない。悪いことも知らん振りすればいいという風潮だもの、国民のこれくらいの身勝手さ責められないさ、とも思う。

でも、タクシーに乗っているときに交差点で乗用車が大破しているのを見た。運転手さんとため息をつきながら、「やっぱり黄色で止まった方がいいよ。事故はけがしなくたって後が気分悪い」「そうそう」と話したのだった。道路が凍るここ北国では、これからあちこちで車がぶつかっている季節となる。気を引き締めて運転しなくちゃ。

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2006年12月26日 (火)

介護は大変

いつもなら、朝7時半には病院へついて、息子に食前の薬を飲ませなくてはいけにけれど、今日から朝は点滴ないので自分でやってもらうことにしたので、ゆっくりしている。

それにしてもなぜ、食前の薬を遠い談話室の冷蔵庫に保管して、家族の人に管理させるのだろう。他の人のヨーグルトやジュースが並んでいる中に薬を入れておく、ナースステーションで管理しないのかな。看護士さんが薬を飲ませてくれると助かるけど、あちらは家族がやってくれると助かると思っているのかしら。

それはともかく、朝病院へ行く前に5時から洗濯し、朝食を用意する。9時過ぎに病院から帰って来ると昼食を用意し病院へ。清拭も親がするようで、着替えさせ、薬飲ませ、食事を見守り2時に家に帰る。夕食を作って雑用してまた夕方病院へ。夜9時に帰って来て一人で夕食を食べる。家族ひとり入院すると大変だと思い知った。息子も今日で点滴終わりだそうで、後は1日1回だけ行くだけにする。

それでも昨日は午前中に下の息子も病院へ連れて行った。時間がかかって慌てて帰って来る途中、運転中にお腹が痛み出した。ブレーキも踏めない。踏ん張って家に着き、夫に「動けないから、病院へ代わりに行ってくれ」と言う。午後は寝ていたら、具合が良くなった。

うちは、夫が家にいてくれるからまだいい面がある。頼めば何でもやってくれる。(今月末の締め切りで、本当は動きたくないだろうが)。朝の掃除機かけは夫の仕事、毎日玄関をはいて、ゴミ出しをする。(私なんか、夫が留守だと毎日掃除機はかけず、玄関の掃除なんてしない。)犬やうさぎの世話をし、風呂を洗ってくれている。ありがたいんだけど、食事は作らない。私が段取りしていれば、焼きそばとか野菜炒めは作ることもある。でも、あくまでメニューを決めておかないといけない。夫に夕食を頼めば、何か買ってくるだけ。私がインフルエンザで倒れた時は3日は動けなかったが、お惣菜やお寿司や刺身を買ってきて食べていたから、お金はかかるし、ゴミの量は増える。料理をするのが好きな男性も多いと思うが、そちらは完全に放棄しているようだ。だから、家事のうち料理だけは私の手に残る。これは相手の作戦にはまってしまったのかもとも思う。

でもね。世の中には食べ物を作る人と食べるだけの人にわかれている。私はできたら今度生まれてくるのなら、食べる人になってみたい。机に向かっていても「ごはんだよ」と呼ばれるまで集中していられる。テーブルに座れば、ごはんができている。毎日何を作ろうかと考えることもない。食事を作らなくてもいいなら、掃除も犬の散歩もやりますとも。でも、わが家の分担が自分の得意分野で分かれて平等にとはいかなかったのは、問題だった。できたら息子を鍛えてケンタロウのようにしようと夢描いている。それで、お母さんにおいしい物食べさせてくれるのよ。

話はそれたが、夫が家にいる私でさえ病院通いは大変なんだから、家の仕事をひとりで抱えてい主婦の介護は大変なことだろうとつくづく思う。日常生活は雑用の連続なのだ。細々した雑用、家事をこなしながら仕事もし、介護するなんて感心する。私にはできない。昨日もジジババに電話して、50歳も近い娘が学生に戻るのだから、「あと10年は倒れないようにしてください」と言っておいた。「体だけは丈夫だ。お金はないけど」と言っていたが、人はいつなんどきどうなるかわからない。夫か私が倒れるかもしれない。不安に思ったら切りがないので、前に進むしかないと思うのだった。

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2006年12月25日 (月)

入院中の読書

入院中の読書といっても、入院したのは息子だ。手術を待つ間と麻酔が覚めるまで付き添う間、何もすることもないので軽く読めるものをと図書館で借りてきたのが、『パリの女は産んでいる』。

パリの女は産んでいる―“恋愛大国フランス”に子供が増えた理由 Book パリの女は産んでいる―“恋愛大国フランス”に子供が増えた理由

著者:中島 さおり
販売元:ポプラ社
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本の中に出てくるのは、わりと高学歴・高収入の家庭だが、フランスと日本ではおおもとの家庭や仕事や女性に対する考え方が違うのだよねとわかる。

12月21日の新聞には「日本の人口推計で、50年後は4割が高齢者」「出生率は1.26に大幅に低下」などと書かれている。「やれ大変だ」という感じだが、その横に「来年度予算財務省原案」の記事が載っていたが、子育て支援も雇用支援もお粗末君でしかない。本当に出生率上げる気あるのかな。本音は、少子化は女性が社会に出たいなんて言っているから、贅沢になったからと思っているのではないかな。女性は家庭にはいって、子供どしどし産んで、家庭を守って、いじめたりきれたり勉強しないような子にならないように、しっかり子育てしろといいたいのではないか。すべては家庭が第一の責任だと。児童手当をあげたぐらいで少子化対策なんてゴキブリでも笑うよ。

そんなことをぶつぶつ言っていたら、「成城トランスカレッジ」で紹介されていた「夫婦関係満足度とワーク・ライフ・バランス 少子化対策の欠かせない視点」http://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/06091501.htmlを読むと、『パリの女は産んでいる』理由が書かれている。変えなければいけないのは日本人の働き方や雇用形態だ。よく、フランスにはパートという言葉はないと聞く、働く時間が長いか短いかで、賃金差別もなく、社会保険にも全員はいるとのことだが、本を読むとフランスだってうらやましくなる政策がはじめっからあったわけではない。市民が要求して実現してきたものだ。日本ではあまり政府への声が上がらないのが問題何だと思うこの頃だ。しかし、フランスは移民問題があり、そこには賃金格差とか問題があるのだろう。

本の中で感心してしまったのが、幼稚園や学校で、親が参加する運動会やお遊戯会の行事がないのだそうだ。保育クラスでお弁当を持たせるときも、ただレトルトを持たせるだけ。出産も麻酔を使った無痛出産が普通にあるし、あまり女性たちが母性本能で競わないところがうらやましい。最近母性への回帰現象が自然回帰があるようだが・・・。

私は、息子が手術した夜だって付き添いもせず帰って来た。学校のお母さん友達に「泊まるんでしょ」と聞かれ、「泊まらないよ。別にやることないし疲れる」と言ったら、びっくりされた。姑からも電話で「普通、病院に泊まってやるでしょう」と言われたが、看護士さんいるしね。お弁当作り嫌いで、学校や子供会の行事が面倒な私は母性本能希薄症候群だと思っていて、やはり母性本能濃厚軍団の前で小さくなってしまう。夫に「パリでは学校がほとんどないんだって、たぶん子供会なんてないよね。うらやましい」と言うと、「変なところで感心するな」と言われたけど、学校や子供会が働く女性の大きな負担になってしまうのは問題があるが、この話はまたいつか。

「ワーク・ライフ・バランス」仕事と家庭と個人の幸せをよくよく考えて、暮らしやすい社会を少しずつでも提案して政策を変えていかなければ、出生率はなかなか上がらないんだとつくづく思うのだが、日本は後退するばかりだ。

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2006年12月20日 (水)

TOEFL

春に入学することになっている大学のパンフレットを眺めていたら、入学時に「TOEFL」のテストを受けて、その結果で英語のクラス分けをすると書いてあった。

「TOEFL」見たことある文字だが、読めない。自分には関係のないことだと思って意識の外にあったものだ。そういえば面接の時、「英語でみなさん(社会人)苦労しますが、英語は大丈夫ですか」と聞かれた。社会人入学なので英語の試験はなかったのだ。私は、「英語好きです」と答えたはずだ。「英語できます」とは言っていない。でも、「好き」と「できる」は違うのね。さっそく「TOEFL」関係の本を買ってきてパラパラめくると、わかる問題は数問で、長い文書となるとさっぱり????、でしかない。

確かに英語は好きで、暇なときに1時間千円で英会話してくれる先生の所に顔を出して英会話をしていた。でも話すことと言ったら、天気や家事や子供の話だけじゃない。難しい話題は避けていた。リスニングなんてできない。息子が朝ラジオで聴く「基礎英語」を家事をしながら聴く程度だ。それだってわからないことあるぞ。辞書をひきながら読むことは何とかできるが、「TOEFL」が要求するスピードがない。リスニングにおいては困ったことだ。3ヶ月勉強してどうにかなるものか。諦めて最低クラスに入るだけだと思うのだが、あまり恥ずかしい結果を出したくないと、やはり少し勉強しておくことにした。

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著者:迫村 純男
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2006年12月16日 (土)

おかしなマスコミ報道

常々思っていることをきちんと投書に書かれてあったので紹介する。

 教育基本法で多角的報道を  

 5日の参院特別委員会で伊吹文部科学相は教育基本法「改正」案について、自民党の新憲法草案との「整合性をチェックしている」と述べたそうですが、それは憲法順守義務違反ではないでしょうか。

 教育基本法は、日本国憲法の理想を実現するためのものと位置づけられています。まだ上程されていない自民党の「憲法草案」を参照して教育基本法を変えることは、事実上の憲法改正です。こんな重大なことが国民的議論無しに通ってしまってよいでしょうか。

 先日国会前に行きましたが、歩道は教育基本法改悪に反対する数百の人々であふれていました。夜は数千の人々が抗議に集まったそうです。国会の公述人・参考人たちが徹底審議を求めるアピールを出した、とも聞きます。しかしながら、こうしたことは一般メディアでは、あまり報じられていません。教育基本法「改正」案は、一から出直すべき重大案件です。

 メディアは、法案が通過したときだけ報じるのではなく、その前に、反対運動も含めさまざまな角度からこの問題を扱って欲しいと思います。(「朝日新聞」12月15日の投書より)

本当にメディアは政府に何か規制されているのではないかと疑いをかけたくなる。北朝鮮拉致問題の署名運動を映像で流すのに、9条の会や教育基本法反対運動を地道に行なっている活動は無視し続けた。たぶんメディアで流せば一気に全国に飛び火するので、政府にとって無難な拉致問題を流し続けるのだろう。そうして、国民を内なる敵より外の敵に目を向けさせる昔ながらのやり方だ。テレビなんて本当に信用できないと思う今日この頃である。もちろん新聞、朝日新聞だっていつも法案が通りそうになってから「大変だ」と騒ぐ。ジャーナリストの心意気のようなものはもうなくなったのね。歴史は繰り返すなら、国民は立ち上がるとは思いたいけど、状況は相当悪いのかもしれない。

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教育基本法改正可決

教育基本法改正が参院本会議で可決されたようですね。胸糞悪いのでテレビのニュースは観なかった。

それにしても、やらせタウン・ミーティングの責任を取って安部首相の給与3か月分返納というのには怒りでものが言えなくなる。貧乏人を逆撫でするような責任の取り方だ。各関係者を処分するというが、上から言われるままに動いた人たちを処分して何が変わるのか。タウン・ミーティング1回の開催に1千万円、2千万円かかったという記事が新聞に載るが、とんでもないことだ。国民は暴動を起こしても良いくらいだと思う。広告代理店や一部の人が大もうけしている構図で、何もかも金のためでしかない。でもね。国会中継を聞いていると、何を言っても話が通じそうもない。「俺のやることにいちいちけちつけるな! たかが国民の分際で」と言っている様な顔をしている議員たち。ぜひ次の選挙では一人でも多く落選してもらうように頑張ろう。

歴史が繰り返すというのなら、国民だって黙っていない、巻き返しがあるはずだと信じたい。ただ、巻き返しがないように国民への圧力を強めるだろう。そうして今の私たちは自分の生活だけ守るのに精一杯なのだが、底の底から立ち上がる力が私たちにもあるはずだと自分に言い聞かせる。

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2006年12月13日 (水)

福祉はお金のやり繰りで

「乳幼児手当一律1万円」http://www.asahi.com/edu/news/TKY200612110305.htmlというのが「新しい少子化対策」の目玉だそうである。政府内からも疑問の声が上がっていると言うが、これが何が少子化対策なのかわからない。安部首相の肝いり事業なのだそうだ。そのための財源も捻出先を見つけてほっとしているらしい。

「母子加算3年で廃止」という記事が出たときも、「来年度400億円削減」とまず書かれてあった。日本の福祉は財政に合わせてやりくりされるものなのだ。福祉の問題がいつもお金の計算に終始する。なんのビジョンもなく、人の生活を想像する力もない。いつもお金お金。そうしてあるところにはたんまりある。

あまり品がない政府なので悲しい。政治家ってもう少し品格があって頭良くてもいいのではないか。あと民を思う心とかのパフォーマンスさえ捨ててしまったようだ。

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2006年12月12日 (火)

さ・・寒い!

昨夜、山の家に行っている夫が電話で「この家は暖かい。薪ストーブたけばシャツ1枚でいい」としみじみ言った。そりゃそうですとも。断熱材もしっかり入って床は厚い松の木だ。合板の板の間はすごく冷えるが、本物の木の床はそんなに冷えないと実感したのだった。

それでもって、今は地方都市の古びたニュータウンの一軒家を借りているのだが、この家が寒い。夏に2丁目から3丁目に引越しをした。同じ家賃で間取りが広かったからだ。しかし、家のつくりや使ってある素材や備品は同じもの。ニュータウン初期の築30年の建物。壁は断熱も入らず、床下は土。大家さんが後から二重サッシにしたようだが、寒い家だ。昔は北国でも壁1枚の家が普通だったのだろうけど、ニュータウンの建設ラッシュで安物の家をたくさん建てて儲けた業者がいるんだろうなという感想を持つ家だ。うちのような貸家はそのままだが、家を建て替えたところも多い。

部屋でストーブを焚いてもなかなか暖まらない。私は朝早く起きてひと仕事したい方なのだが、パソコンを打っていると手がかじかんで麻痺してくる。ひざには電気毛布をかけているが、指先はカバーできない。それで、ストーブの前に座り込んで本を読むのが1番ということになる。

「冬が来た」と実感するのは、朝食のトーストに蜂蜜をかけようとしても蜂蜜が固まって出てこないとき。それから目玉焼きを作ろうとしてオリーブオイルを逆さにしても出てこない、そのときだ。もうひとつは水道の水落とし。地元の天気予報には「水道菅凍結情報」が出てくる。「厳戒」「注意」ともなれば、寝る前に各場所の水を落とすという大変面倒な作業がある。これは、山の家や最近の住宅では水止めの必要がない。家の中が一気に冷えたりしないからだ。また水止めもボタンひとつでできるようになっている。

そして、北国はお金がかかる。冬用タイヤが擦り切れたので買い換える。子どものコートが小さくなった、手袋がない、冬用の長靴、雪かきグッズ、スキー道具一式などなど買わなくてはいけないものが毎年出てくる。そうして何より灯油代が高くて大変である。

山の家は、ほとんど大きなワンフロア―のような家だから、暖房効率が良かった。ニュータウンの家は部屋が細かく分かれているので、各部屋でストーブを焚かないといけない。それでは灯油代がかかりすぎるので、居間の隣にピアノを置いた続き部屋があり、お客さん用に何も置かなかったが、客なんてめったに来ないのだからと、私の机とパソコン机を運び込む。私の部屋は書庫兼寝室だけにする。こうすれば居間でストーブを焚いていればほんのり暖かい。子供たちも2回から勉強道具を持って居間の炬燵で勉強する。皆同じ所にいればいい(夫だけは2階の仕事部屋に籠もっているが)。しかし、廊下、洗面所、トイレ、風呂場は凍るようだ。そこにも使うときはストーブをつける。

息子の県営アパートに住む友達の家では、なるべくストーブをつけないで炬燵に座ってご飯も食べるし、勉強もするそうだ。灯油代節約のためだとか。それを見習ってみた訳だ。でも、食事を炬燵でするのは好きではないので、台所のテーブルで食べているが・・・。

南の地方だって雨やら台風の被害に遭う事も多いし、それぞれの地域でお金のかかることはあるのだろうけど、半年もの間雪に埋もれ農作物も取れないこの地方は、本当に昔はどう生きぬいて来たのかと思うのだった。

ヘルパーで通う家も崩れそうな古い家が多い。朝行くと流しの桶の水ががちがちに凍っていたりするのだ。老人は自分の家を離れるのは嫌だろうが、老人用の暖かい集合住宅が安く借りられれば移ることだろうと思う。そういう家をまわっていると、一軒家の一人暮らしはつくづく大変だと思う。なんといっても雪かきという問題もある。雪かきはヘルパーの仕事ではないので、お金を払って頼むが、ぼったくりするところもあるらしい。お金があればいいが、ない人は雪に埋もれて暮らすしかない。雪の重みで家はますますつぶれていく。この雪かきというのも雪国の人にしかわからない苦労だろう。ある利用者さんの夫は雪かきしていて倒れて、そのまま逝ってしまったそうだ。

何といっても私は千葉生まれだから、寒さにはめっぽう弱い。いつもすごい厚着している。そんな格好で、デパートや図書館や近代的な友人宅に行くと暑くなり、一枚ずつ脱ぎ捨てることになるのだった。

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2006年12月10日 (日)

自分の親に優しくできない

この間、安部首相がどこかの小学校を訪問して、子供たちに話をしているのをテレビで見る。そのとき浮かんだ言葉が「泥棒の説教だな」でした。

それはともかく、週の後半はヘルパーでお年寄りとおしゃべりの毎日だった。高齢者とお話するのは得意で、なんだか年寄りに好かれるタイプだということはわかるのだが、ひとつだけ欠点がある。親とはうまくいかないのだ。実の親とね。

私は小さい頃から優しい人間だった。でも母親によく言われた。

「他人に優しくたって、身内に優しくないのは本当の優しさじゃない」

優しくしてないつもりもないけど、母の要求に答えられないのだ。だいたい遠くにいつも住んでいるしね。すぐ電話するのも忘れてしまう。母が兄や弟のお嫁さんの悪口を言えば、たしなめてしめう。そうすると不機嫌になる。わかっているのだ。「そうよね。ひどい嫁さんね」と同調して欲しいのだ。それが会話というものだと思っている。私は母にとって不足の娘なのだ。

「大学なんか行かせなければよかった」ともよく言われた。私が30過ぎまで結婚しなかったからだ。なんでそんなに怒るのかというくらいにヒステリーになって、それに負けて何回かお見合いもしたこともある。そうしてやっと娘が結婚した(自分で見つけて)。その時点では「人並み」になったと喜んだが、結婚してから相手は年の取った貧乏な自営業だとようやく気がついて、不満が充満している。

「また大学に行くことになった」とは、母にとても言えない。当分秘密にしているからねと家族に言う。東京の実家に帰るお金もなくて帰らない娘がなんで大学だと怒るだろう。近所の娘さんは北海道に嫁いでも、年に1,2回帰って来るそうで、私が寄りつかないのが不満なのだ。

高齢者との会話が好きな私なのに、親との会話が下手で、どう優しくしていいかわからない。そうすると、母の呪文の言葉「あなたは本当は優しくない人間だ」というのが蘇ってくる。たしかに優しい人間ではぜんぜんない。高齢者の人との会話が好きなだけだ。母親との会話が辛いだけだ。なぜなのだろうと考えると、もうこんな中年のおばさんの娘をまだ諦めず自分と同じようにしようとするところかもしれない。なんだか、引きずりおろされる感じがする。お金がないことをとても軽蔑している。子供を産まない女性は駄目だと言う(私の仲良しの友達のこと)。今の政治を支えている国民のひとりなんだ。その俗物性に引きずりおろそうとしている気がするのだ。

最後に母の家に行った時のけんかの原因は、私が本を読んでいたことだった。テレビも観ずに本を読んでいた。普通は居間に来て家族団らんテレビを観ておしゃべりするものだということだった。近所の噂や親戚の愚痴を聞いてあげたのだけど、それでは納まらない。ヘルパーの良いところは、1時間や2時間と限定されているから私も集中して、その時間だけを相手に捧げるつもりで話を聴けることだ。親だと1,2時間では済まない。

そんな訳で、他人を介護するのはできても親の介護がうまくできるか不安なのだ。

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2006年12月 7日 (木)

市川市の男女平等基本条例改正

千葉県市川市の男女平等基本条例改正が昨日市議会で可決されたようだ。

「男女が男らしさ、女らしさを否定することなく、互いにその特性を認め合い尊厳を重んじる社会」

「専業主婦を否定することなく、現実に家庭を支えている主婦を家族が互いに協力し、支援する」

新しく盛り込まれた条文、削られた条文をみると、男性はそうとう女性を恐い存在だと思っているのだなと感じる。だからもっと力をつけて繁殖する前に、もう一度アラジンの魔法のランプの中に閉じ込めておきたいのだ。

詳しいことは、「男女基本条例改正案新旧対照」http://www2u.biglobe.ne.jp/~takayo/topics/danjyo/img/4.pdfを読んでみると笑いたくなるが、そろそろ笑っている場合でもないのかもしれない。

教育基本法改正も安部総理が外遊する前の明日あたりには可決させたいらしい。女も子供も若者も障害者、高齢者が生き辛い世の中になっていく。傍観者ではいられない。

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2006年12月 6日 (水)

山の家

昨日は山の家へ行った。5月の連休以来だ。夫は毎月帰っているし、子供たちも友達を連れて夏休みに夫と滞在していたが、私は用が重なり行く暇がなかった。

山の家は、本当に山の中にある小さな集落に建てた家。13年前その家に東京から移って来た。そうして10年暮らし、諸事情あって町暮らしをまたしている。

峠はすっかり雪道だ。最初の雪道は恐い。下りはジェットコース―ターのように「ひぇー」と言いながら下っていく。そうして村に入ると道路に雪はなかったが、そこからまた峠を越えて山の家が集落に行く。その道は毎日のように保育園の送り迎えで通った峠。車が一回転したこともあった。

山の家に着くとまわりは一面雪だった。私が息子が生まれたときに庭に植えた胡桃の実は芽が出て、今では実をつける。あと楢や朴ノ木、山紅葉他いろいろ、山から引っこ抜いて庭に植えたのが大木になっている。その木たちが丸裸。今年は新緑も紅葉も見ないですましてしまった。でも、葉を落とした木が好きだ。まだ雪もそう積もらない頃、犬と一緒にがしがし山を歩き回ったものだった。その頃は熊もおとなしくなっていると勝手に考えていたのだが、あとでそうではないらしいということを知った。

家に入ってまずやることは、薪ストーブをガンガン焚くこと。そうしてへっぴり虫掃除。このへっぴりがすごいのだ。へっぴり虫問題はまたいつか書きたい。

掃除はきりがないので、11時過ぎぐらいに途中の野菜直売所で買った大福を持って、隣のばっちゃんの家へ行く。隣と言っても少し離れている。でも、煙突から煙が出ているのを見ているはずだから、誰かが帰って来たとわかっているだろう。早く顔を見せておいた方がいい。ばっちゃんの家の炭窯の前を通ると、炭窯は完全に崩れていた。じっちゃんが死んでから炭を焼く人がいなくて放置されていたのだ。

ばっちゃんの家はこの夏新築した。古い家は壊さずにばっちゃんの作業場となっている。新しい家にはじめて入り、中を案内してくれる。前は薪で風呂を沸かしていたが、今はボタンひとつだ。「大丈夫慣れた?」と聞くと、「最初、わがんなかったけど慣れた」ということだった。

友人のお母さんのことを思い出し、少し心配したのだ。友人が家を新しくしたら、母親が鬱になってしまった。風呂でも台所でも、ボタンの操作がわからないのだ。何度教えてもわからないので困っていたら、お母さんはすっかり元気をなくしてしまったそうだ。そのお母さんも働き者の土に生きた人だった。

「昼食べていけ」と言うので、そのまま掘りごたつに入り、いろいろな漬け物、煮物の残り、魚のあらの焼いたの、味噌汁、ごはんをごちそうになる。ビールも1本ずつ飲む。田舎のいいところは、どこでもごはんにありつけること。それにすぐ飲ませてくれる。

ばっちゃんにも孫が2人いたが、一人は東京に行き、今高校3年の孫も優秀だから国立の大学を目指している。春にはどこかへ行ってしまうだろう。息子は山仕事、お嫁さんはスーパーで働いている。家族が減ってきたのに、畑は大きくやっている。とても自家消費できないから、畑を縮小すればいいのにと言うのだが、雑草だらけにできない性分なのだ。

食事の後は、畑の話、山の話、村の人の話をして薪ストーブのそばで休む。村の人の話は、誰々が山で倒れていたのを発見した。今意識が戻ってもだめらしい、誰々はすっかりボケてしまった、という話題。この13年で村のお年寄りが何人も亡くなった。特に私たちが好きな人が亡くなっていった。ばっちゃんの夫であるじっちゃんの死は、他人の私にもすごいショックだった。よく山に連れて行ってくれた。熊撃ちもしていた山の男だった。ここの村のお年よりはいい。でも、若い人は変わっていく。私も後を継ぐものになれなかった。本当はじっちゃんの後を継ぐ(技の)ものになれたらと思ったんだけど・・・。

そんなことをしていたら帰るのが遅くなる。「正月にゆっくり来るから」と約束し、大根をもたされ山の家に戻り、スキーウェアや冬物を車に詰め込み帰り支度をする。帰りは峠道ではなく、国道を回って帰ることにする。町に出て思い出し、友人に電話すると「いまSちゃんがきているのよ」とのこと。友達はお医者さんの奥さん。その親友のSちゃんはヘルパーをしていて、今は老人施設のほうで働いている。ちょうど聞きたいこともあったので、お茶飲みに寄る。3人は同じ歳。同じ小6の子供がいる。ただ、わたしが小6が長男だが、あとの2人は大学生の上の子もいる。

Sちゃんから老人施設の話や、教師をしている妹が今大学院に行って大変だという話も聞く。それに、舅さんが痴呆になって大変だということも。10年経つと生活変わったねと話す。あと10年経ったらどうなっているのだろう。

それから、ある店屋さんの前で、昔一緒に仕事をしていた男性とも会う。「遅くなったけどお子さん生まれたそうで、おめでとう」と言うが、もうすぐ1歳になるということだ。うちの息子たちともよく遊んでくれた子供好きの人だったから、かわいがっていることだろう。

1日のうちに懐かしい人と次々会えて良かった。あの田舎暮らしの10年、私は何をしていたんだろうという思いがあったが、まあ終わったことはいい思い出になり元には戻れない。これからの10年をどうにか生きていこうと考えながら、2時間かけて家に帰ってきたら、夫と息子たちは夕食が終わったところだった。

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2006年12月 5日 (火)

祝・大学合格

なんと言っていいやら、近くの某大学に社会人入学で合格した。入学手続きさえ取れば来年の春から大学生だ。来年の春には46歳だから、卒業すれば50歳。面接では大学院まで行くと言ってしまったのでその先もかかる。

すでに大学はひとつ出ているのだけど、研究していたのは泉鏡花だった。今度勉強するのは福祉心理学という分野で、「文科系とはぜんぜん違ういますよ。数学的なものもありますし、英語は大丈夫か」と聞かれたのだった。英語は何とかなるかもしれないが、統計やらなんやらが本を読んでもわからないが、どうにかするしかないだろう。面接では「できます」ともちろん答えましたとも。

本当は編入試験を受けるつもりだったが、夏前はバタバタしていて、夏になって大学に問い合わせたら編入試験はすでに終わっていた。残るは社会人特別入学で1年から勉強するコースしかない。カリキュラムを見たら、1年から統計などの苦手とするものや哲学などの一般教養もあるので、1年からやり直すのも悪くないと思い受けてみた。本当は大学院に行こうと思ったのだが、まだ英語に不安だし、泉鏡花のろくでもない論文は行方不明になっていたので諦め、勉強しなおすことにして放送大学に通っていたのだが、やはり放送ではなく生身の人間に教えて欲しいと思った。聞きたいことも質問できるしね。

合格発表の前の日は、息子たちの空手の昇級試験だった。その反省会で高校3年の女の子が「推薦で大学が決まった」と報告してお祝いされた。私たちママさんの席にも挨拶に来たとき、皆が「これからでいいわね」「もう私たちは子供のことしか考えられないものね」「人生の折り返し点過ぎているものね」と言い合った。そう言うお母さんたちは私より若い。「人生折り返し点をとっくに過ぎた私が大学生に入るなんて、とても恥ずかしくて言えない」と下を向いていたのだった。

どうなることかはやってみないとわからない。一応主婦しているから、ますます時間に終われるだろう。正直言ってお金がすごくあるわけでもない。自分のものは自分で出す。最初の1,2年はどうにかなるが、稼ぐこともしないといけない。かといって働く暇もない。ヘルパーはやめないといけないだろう。(辞めるのも淋しいから、土曜日だけでもやろうかと思っている。)あとは、勉強の合間をぬって昔のように原稿仕事をこなしていく他なさそうだ。夫から、仕事を取ってきてやってもいいが、自分の勉強になる分野で企画立ててみろと言われた。本の仕事を離れて5年ぐらいなるので腰が思いがやるしかないだろう。

息子たちには、「あまり構っている暇ないから自分のことは自分でやるように」と言った。でも、家族に迷惑をかけるという気持ちはあまりないし、家族もいつものことなので気にしない。「あっそう」という感じだ。あとは自分自身の問題である。

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2006年12月 2日 (土)

福祉削減でいじめる

「生活保護の母子加算全廃」「生活保護の老齢加算段階的に廃止」の記事が新聞に載る一方で、企業税制が減税へと進んでいる。また、タウン・ミーティングでハイヤー代がドンでもない金額だったり、10万円の日当が出ていたりとある。

ため息だ。最低ラインの生活をようやっと維持している人たちを苦しめ、自分たちにはお金の入ることしか考えていない。この国の政治家はいつからこんな風になってしまったんだろう。前からそういう体質だったにせよ、あきらかにひどくなっている。

介護保険の1割負担、障害者の1割負担がどれだけ大変なのか、お金持ちの子弟の政治家や官僚にはわからないのだろう。たかが数千円のことと思っているのかもしれない。

介護保険でヘルパーを利用するのは、低所得者より高所得者の方が多いような気がする。きちんとした統計は調べていないが、低所得者の人は今度の改正で自己負担が増えたので、ヘルパーに来てもらえる回数を減らしたり、デイ・サービスに行くのを2回から1回にしている。それで自立できるならいいではないかというかもしれないが、けっこう具合が悪いところを頑張っている。本当は毎日ヘルパーが入ってもいいくらいなのだ。

逆に、お金持ちでタクシー代に月10万かけ、クリーニング代が「今月は2万だったわ」という人が、ヘルパーをよく利用する。毎日ヘルパーにごはんを作らせている人が、あちこちお出かけして、自分のお出かけに合わせてヘルパー訪問の時間を変えたりする。そういうお金持ちの奥様の利用は多い。確かに腰が痛いなどの理由はあるが、認定が甘すぎると思う。なぜか認定が金持ちに甘く、低所得者に厳しい気がするのだが・・・。

お金持ちの奥様たちはいい人もいるけど、ヘルパーを家政婦としか見ていない人も多い。1割負担しようが、追加料金取られようが、ヘルパーは、民間の業者に頼むよりずっとお安いのだもの。

それに比べて低所得者の人は、私たちが行くだけでありがたがってくれる。たいした具合も悪くないのに食事作りを放棄したお金持ちの奥様にくらべて、外出もできないのに最低限の食事や自分でできることは自分でしようとする。人様にあまり迷惑かけないでやっていこうとする。私たちが終わりの時間になると、時間通りに帰そうとする。お金持ちの奥様たちは時間もルーズだ。なかなか帰してくれない人もいる。

福祉予算の削減でギリギリの生活をしている人たちを切り捨てる。これは大いなるいじめだ。「いじめをなくそう」という手紙のコピーが親宛と子供たち宛に伊吹文部科学大臣の名で学校から全世帯に配られたが、しらじらとした思いだけが伝わった。読みもしないで捨てた家庭は多いはずだ。政治が弱い者いじめしている社会。子供たちは敏感に感じ取っている。

親たちも感じている。だから、社会でいじめっこではなくいじめる側に子供たちを立たせようとするのが親心という訳である。子供たちの世界は社会の縮図だ。政治は弱い者たちに「死んだ方がいい」と思わせているのだから、子供たちに「死なないで」とメッセージを送ったところで、上っ面の言葉だと誰もが感じている。

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外国人研修制度の裏側

11月29日に放映されたNHKのクローズアップ現代「外国人制度の裏側」を観た。怒りが湧き上がってくるね。時給300円、夜中までの労働、10人の女の子を一部屋に押し込めるたこ部屋、貯金通帳を会社が管理する。なによりも何てことだと思ったのは、トイレに行く回数までチェックされて1回15円時給から引かれるということだ。今の日本で行なわれていいことなのか。いったいいつの時代の話なんだろう。国際裁判所(あるのかしら)にでも訴えて、国際的に問題にできないのだろうか。人権問題になるよね。こんなこと許されるのかと誰だって思うはずだ。

アジアから日本に来た研修生は夢と希望にあふれていただろう。新しい技術を学んでステップアップすることと家族に仕送りができると。それなのに、これでは奴隷ではないか。彼らが祖国に帰った時、残るのは日本への憎しみだけになるだろう。日本はアジアからの憎しみを清算するどころか、日々増産している。

それにしても、西洋人に対してこんな扱いをできるだろうか。なぜしない。なぜアジア人だと平気で踏みにじる。いったい日本人ってなんなんだろうと考える。このテレビをたくさんの人が観ていたはずだ。でも、「ひどいね」で忘れられてしまうのか。でも、日本人の労働者に対する考え方が表れているのだと思う。アジア人だけじゃなく、主婦のパートだって、派遣だってどれだけ安く都合よく使えるかを考えている。日本経済発展のために。テレビで紹介されていたのは、今大きな収益をあげているトヨタの下請けの下請けのような会社だった。たくさんの犠牲の上に立った繁栄。

介護する人が足りないからフィリッピンから労働者を入れることにしているが、足りないのは、資格を取っても重労働の割には、給料や保証が良くないと日本人がやらないからだ。マスコミはフィリッピンからの介護人の美談をふりまいて日本人に受け入れやすくさせようとしている。でも、本当に大丈夫だろうか。差別はしないか。美談の裏に安く使おうという魂胆が絶対あると思うのだが・・・。だいたい日本人のヘルパーでさえ不満なのに、アジアからの労働者をどう扱うかが信用できない。

トイレに15円引くという話に怒り心頭したのは、ヘルパーの仕事をしているとトイレに行くのが問題なのだ。1回ずつ事務所に帰ってこられればいいが、利用者さんから利用者さんまでの時間がほとんどないようなスケジュールを組まれると、コンビニやスーパーのトイレを借りるしかない。頭の中でどこかトイレを借りられるところがあるかまず考える。原則として利用者さんの家のトイレをヘルパーは使ってはいけないからだ。だぶん利用者さんはいいと言うだろうが、誰もヘルパーがどこでトイレするのかなんて気にしない。トイレには行かないことを前提に仕事が組まれることに腹が立つ。人間的扱いされていないよなと感じるときである。だから、外国人研修生の話は他人事ではないのだ。日本人だってどんどん労働条件が下がる可能性がある。国民はもっと怒ってもいいはずなのに・・・。

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2006年12月 1日 (金)

おしゃべり

ヘルパーの仕事で一番大事なことはおしゃべりだ。だいたいが利用者さんからの話を聞いていることが多いが、適切な質問や考えや体験談をこちらもしゃべりながら、大いなる井戸端会議を繰り広げる。

ヘルパーの仕事に話し相手という援助はなくなったそうだけど、利用者さんは話したくて待ち構えている。しかし、こちらはプランにある仕事をこなさなくてはいけない。掃除機をときどきとめながら、返事をする。台所のカウンターで料理しながら、話を聞いてあげる。仕事しながら話を聴くという技術を要求される。

昨日は、それでもじっくり聴いてもらいたいことがあるようで、「今日は30分前に仕事終わりにして、お願いだから話を聴いて頂戴」と言われた。何の話かと思ったら、近所の知り合いの一人暮らしの老人が淋しくて泣いているそうだということ。でも、頑固でヘルパーなどを利用しない。今まで気がつかなかったけどなるべく声を掛けていこうと思う。その他に自分にできることはあるだろうかと相談だった。

体が不自由な男性の介助を手伝う家では、奥さんからは同居している孫(中学生女子)の話を聞かされる。彼女の悩みは、夫の介護より、祖父母や親に反抗しふくれて一緒に食事もしない孫のこと。気休めだけど、「学校にちゃんといっているならまだ安心」「友達もいて、趣味もあるならいいわよ」「私も中学生の頃、親が嫌いだった」「よく、ふくれてばかりいると言われた」などと、なぐさめる。

私が話を聴いたって何も解決などしないけど、話すということで利用者さんや家族の人がガス抜きできるという役目なんだろうと思う。私に病気の不安を訴えながら、「こうやって話していると大丈夫と思えるんだけど、夜眠れなくていろいろ考えちゃんだよね」と言う。そうなんだ、ひとりで考えると悪い方悪い方へと思考が進んでしまうことはある。誰かに言えばいいんだ。「淋しいんだ」「辛いんだ」。そうして、話していると、寝たきりになるよりまだまだ動いて自分の家で生活したいと元気を取り戻す。それはいっときのことですぐに落ち込むことかもしれないが・・・。

戦争の話をし、子供時代の話、亡くなった連れ合いの話、子どもや嫁の愚痴、政治問題、環境問題、話すこと、話したいことがいっぱいある。ショートスティから帰って来た方が言う。「施設はきれいで、皆親切だったよ。でも、皆忙しくてあまりお話できないんだよね。こうやって一対一で話ができるのがいい」。ヘルパーのいいところは一対一だということもある。デイ・サービスなどのまわりに人がいるところでは本音を言えないが、誰も聞いていなければ本音も言える。

しかし、一対一であるがための問題も多いのかもしれない。良心的でないヘルパーもいるかもしれない。岩手ではヘルパーの詐欺事件が争われている。また、セクハラということもある。

話し相手をしながらの仕事はけっこう疲れる。研修もめったにないヘルパーは自分で自分を研鑚していくしかない。良質な仕事をするためには本人の気持ちしかない状態では、疲れているヘルパーが多いのが事実だ。仕事は仕事としてやるが、精一杯やっても何の保障もない主婦パートでしかないことが悲しいかも。実際、気立てのいいヘルパーにおんぶしている介護事業だ。ヘルパーが一生懸命やりすぎるのがよくないという意見もあるが、一対一になったとき、手など抜けないで親身になってしまうのは気立てのいい人間としては仕方がない。やはり制度が問題だ・・・と、私の手の届かない所に思いがいたる。

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