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2006年12月10日 (日)

自分の親に優しくできない

この間、安部首相がどこかの小学校を訪問して、子供たちに話をしているのをテレビで見る。そのとき浮かんだ言葉が「泥棒の説教だな」でした。

それはともかく、週の後半はヘルパーでお年寄りとおしゃべりの毎日だった。高齢者とお話するのは得意で、なんだか年寄りに好かれるタイプだということはわかるのだが、ひとつだけ欠点がある。親とはうまくいかないのだ。実の親とね。

私は小さい頃から優しい人間だった。でも母親によく言われた。

「他人に優しくたって、身内に優しくないのは本当の優しさじゃない」

優しくしてないつもりもないけど、母の要求に答えられないのだ。だいたい遠くにいつも住んでいるしね。すぐ電話するのも忘れてしまう。母が兄や弟のお嫁さんの悪口を言えば、たしなめてしめう。そうすると不機嫌になる。わかっているのだ。「そうよね。ひどい嫁さんね」と同調して欲しいのだ。それが会話というものだと思っている。私は母にとって不足の娘なのだ。

「大学なんか行かせなければよかった」ともよく言われた。私が30過ぎまで結婚しなかったからだ。なんでそんなに怒るのかというくらいにヒステリーになって、それに負けて何回かお見合いもしたこともある。そうしてやっと娘が結婚した(自分で見つけて)。その時点では「人並み」になったと喜んだが、結婚してから相手は年の取った貧乏な自営業だとようやく気がついて、不満が充満している。

「また大学に行くことになった」とは、母にとても言えない。当分秘密にしているからねと家族に言う。東京の実家に帰るお金もなくて帰らない娘がなんで大学だと怒るだろう。近所の娘さんは北海道に嫁いでも、年に1,2回帰って来るそうで、私が寄りつかないのが不満なのだ。

高齢者との会話が好きな私なのに、親との会話が下手で、どう優しくしていいかわからない。そうすると、母の呪文の言葉「あなたは本当は優しくない人間だ」というのが蘇ってくる。たしかに優しい人間ではぜんぜんない。高齢者の人との会話が好きなだけだ。母親との会話が辛いだけだ。なぜなのだろうと考えると、もうこんな中年のおばさんの娘をまだ諦めず自分と同じようにしようとするところかもしれない。なんだか、引きずりおろされる感じがする。お金がないことをとても軽蔑している。子供を産まない女性は駄目だと言う(私の仲良しの友達のこと)。今の政治を支えている国民のひとりなんだ。その俗物性に引きずりおろそうとしている気がするのだ。

最後に母の家に行った時のけんかの原因は、私が本を読んでいたことだった。テレビも観ずに本を読んでいた。普通は居間に来て家族団らんテレビを観ておしゃべりするものだということだった。近所の噂や親戚の愚痴を聞いてあげたのだけど、それでは納まらない。ヘルパーの良いところは、1時間や2時間と限定されているから私も集中して、その時間だけを相手に捧げるつもりで話を聴けることだ。親だと1,2時間では済まない。

そんな訳で、他人を介護するのはできても親の介護がうまくできるか不安なのだ。

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