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2006年12月 6日 (水)

山の家

昨日は山の家へ行った。5月の連休以来だ。夫は毎月帰っているし、子供たちも友達を連れて夏休みに夫と滞在していたが、私は用が重なり行く暇がなかった。

山の家は、本当に山の中にある小さな集落に建てた家。13年前その家に東京から移って来た。そうして10年暮らし、諸事情あって町暮らしをまたしている。

峠はすっかり雪道だ。最初の雪道は恐い。下りはジェットコース―ターのように「ひぇー」と言いながら下っていく。そうして村に入ると道路に雪はなかったが、そこからまた峠を越えて山の家が集落に行く。その道は毎日のように保育園の送り迎えで通った峠。車が一回転したこともあった。

山の家に着くとまわりは一面雪だった。私が息子が生まれたときに庭に植えた胡桃の実は芽が出て、今では実をつける。あと楢や朴ノ木、山紅葉他いろいろ、山から引っこ抜いて庭に植えたのが大木になっている。その木たちが丸裸。今年は新緑も紅葉も見ないですましてしまった。でも、葉を落とした木が好きだ。まだ雪もそう積もらない頃、犬と一緒にがしがし山を歩き回ったものだった。その頃は熊もおとなしくなっていると勝手に考えていたのだが、あとでそうではないらしいということを知った。

家に入ってまずやることは、薪ストーブをガンガン焚くこと。そうしてへっぴり虫掃除。このへっぴりがすごいのだ。へっぴり虫問題はまたいつか書きたい。

掃除はきりがないので、11時過ぎぐらいに途中の野菜直売所で買った大福を持って、隣のばっちゃんの家へ行く。隣と言っても少し離れている。でも、煙突から煙が出ているのを見ているはずだから、誰かが帰って来たとわかっているだろう。早く顔を見せておいた方がいい。ばっちゃんの家の炭窯の前を通ると、炭窯は完全に崩れていた。じっちゃんが死んでから炭を焼く人がいなくて放置されていたのだ。

ばっちゃんの家はこの夏新築した。古い家は壊さずにばっちゃんの作業場となっている。新しい家にはじめて入り、中を案内してくれる。前は薪で風呂を沸かしていたが、今はボタンひとつだ。「大丈夫慣れた?」と聞くと、「最初、わがんなかったけど慣れた」ということだった。

友人のお母さんのことを思い出し、少し心配したのだ。友人が家を新しくしたら、母親が鬱になってしまった。風呂でも台所でも、ボタンの操作がわからないのだ。何度教えてもわからないので困っていたら、お母さんはすっかり元気をなくしてしまったそうだ。そのお母さんも働き者の土に生きた人だった。

「昼食べていけ」と言うので、そのまま掘りごたつに入り、いろいろな漬け物、煮物の残り、魚のあらの焼いたの、味噌汁、ごはんをごちそうになる。ビールも1本ずつ飲む。田舎のいいところは、どこでもごはんにありつけること。それにすぐ飲ませてくれる。

ばっちゃんにも孫が2人いたが、一人は東京に行き、今高校3年の孫も優秀だから国立の大学を目指している。春にはどこかへ行ってしまうだろう。息子は山仕事、お嫁さんはスーパーで働いている。家族が減ってきたのに、畑は大きくやっている。とても自家消費できないから、畑を縮小すればいいのにと言うのだが、雑草だらけにできない性分なのだ。

食事の後は、畑の話、山の話、村の人の話をして薪ストーブのそばで休む。村の人の話は、誰々が山で倒れていたのを発見した。今意識が戻ってもだめらしい、誰々はすっかりボケてしまった、という話題。この13年で村のお年寄りが何人も亡くなった。特に私たちが好きな人が亡くなっていった。ばっちゃんの夫であるじっちゃんの死は、他人の私にもすごいショックだった。よく山に連れて行ってくれた。熊撃ちもしていた山の男だった。ここの村のお年よりはいい。でも、若い人は変わっていく。私も後を継ぐものになれなかった。本当はじっちゃんの後を継ぐ(技の)ものになれたらと思ったんだけど・・・。

そんなことをしていたら帰るのが遅くなる。「正月にゆっくり来るから」と約束し、大根をもたされ山の家に戻り、スキーウェアや冬物を車に詰め込み帰り支度をする。帰りは峠道ではなく、国道を回って帰ることにする。町に出て思い出し、友人に電話すると「いまSちゃんがきているのよ」とのこと。友達はお医者さんの奥さん。その親友のSちゃんはヘルパーをしていて、今は老人施設のほうで働いている。ちょうど聞きたいこともあったので、お茶飲みに寄る。3人は同じ歳。同じ小6の子供がいる。ただ、わたしが小6が長男だが、あとの2人は大学生の上の子もいる。

Sちゃんから老人施設の話や、教師をしている妹が今大学院に行って大変だという話も聞く。それに、舅さんが痴呆になって大変だということも。10年経つと生活変わったねと話す。あと10年経ったらどうなっているのだろう。

それから、ある店屋さんの前で、昔一緒に仕事をしていた男性とも会う。「遅くなったけどお子さん生まれたそうで、おめでとう」と言うが、もうすぐ1歳になるということだ。うちの息子たちともよく遊んでくれた子供好きの人だったから、かわいがっていることだろう。

1日のうちに懐かしい人と次々会えて良かった。あの田舎暮らしの10年、私は何をしていたんだろうという思いがあったが、まあ終わったことはいい思い出になり元には戻れない。これからの10年をどうにか生きていこうと考えながら、2時間かけて家に帰ってきたら、夫と息子たちは夕食が終わったところだった。

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