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2007年2月の投稿

2007年2月22日 (木)

さようなら、軽トラ

私の愛車はボロい軽トラだ。きれいなニュータウンを軽トラで走る人はあまりいないので、目立つらしい。「どこそこを軽トラで走っていたでしょ」とか、よく言われる。山の家に住んでいた時は夫の愛車で、薪や堆肥、砂利を運んだり、山菜採りや茸採りで山にはいるための車だった。軽トラで2回の引越しもした。ニュータウンでも、子供会の資源回収、学校やサッカークラブのバーベキュー大会でドラム缶や材料運びに活躍した。なかなか重宝な軽トラなので、なかなか廃車にできなかったが、今月末の車検切れで廃車にすることに決める。(もう相当ガタついて、いつ動かなくなるかという状態とすごいエンジン音が恐いので。)

新しい軽自動車を買うかどうか迷ったが、車はバンが一台ある。山の家へ帰るとき、犬やうさぎやジジ、ババを乗せるとなると大きな車が一台はいる。でも、夫は自宅で仕事をしているので普段車には乗らない。やはり2台はぜいたくだ。ただ、私が普段使いにひとりでバンを乗り回すのも不経済だ。大きな車嫌いなの(駐車場に入れが下手なので)。

でもいいや、普段は歩こうと決めた。雪のないときは自転車で仕事場へ行っていたし、買い物も最近は運動のため歩いている。春からの大学も目の前のバス停に「大学行き」が通るのでバス通学することに決めた。山の家で軽トラが必要なときは、近所の農家の人から借りることにして、ようやく廃車の決心がつく。

あるデパートの駐車場にはいるため列に並んだら、係りの人に配達だと勘違いされて、「こっちこっち」と手招きされたっけ。「いえいえ、お客なんです」と頭を下げる。よく「農家ですか」とも聞かれた。「昔、真似事していただけです」と答えた。さようなら軽トラ。

しばらく、ブログはお休みします。ヘルパーやりながら、学費稼ぐために書く仕事を頂いたので、わき目も振らず一ヶ月で仕上げないといけないからです。4月からは、大学の勉強と中学にはいる息子のためのお弁当作りも加わって、どんな日常になるのかまだよくわかっていません。とにかく、まずは勉強に専念しようと思っています。何ができるかはそのうち見えてくるでしょう。たまに訪問してくれた方々、ありがとうございました。

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2007年2月14日 (水)

老いの泉

なんだか、なかなかパソコンに向かう時間がつくれない。息子はインフルエンザにかかったし、人が足りないので仕事も増えている。

そんな中2週間もかかってベティ・フリーダンの『老いの泉』を読む。ずいぶん前の著書だが、今の日本に当てはまることもいっぱい。介護保険がはじまったが、高齢者は管理されている。その一方「年のせい」と、周りも本人も諦めてしまう。もう少し自立できるのに・・・。介護予防は人気ないそうだけど、運動だけさせてもだめなのだと思う。意識改革をしなくてはなどと思うのだが、なかなかいちヘルパーは目の前の仕事をこなすだけで、それ以上のことはできない。本に出てくる人は、専門職や成功した人が多かったが、年金でやっとこさ生きている人たちの豊かな老後はどうしたらいいのだろう。

下の子も夜咳をしていたから、インフルエンザが来たかもしれない。でも、夫に子供を預けて出勤だ。私は会社で予防接種をしたから大丈夫だが、間接的に老人にインフルエンザを移さないだろうかと心配だ。事務所に電話したら、「症状がないなら大丈夫だから、仕事してくれ」と言うことだったので、仕事に行く。でも、利用者さんも予防接種しているし、大丈夫かな。

Book 老いの泉〈上〉

著者:ベティ フリーダン
販売元:西村書店
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2007年2月10日 (土)

老後に夫と同居は妻の負担

1月29日の新聞に「老後に夫と同居→妻死亡リスク2倍」という記事があった。http://www.asahi.com/life/update/0129/001.html

すぐに夫の母のことを思い出した。姑の不満は「毎日3食の食事の用意をしなくてはいけない」ことと、「出かけるのに夫がうるさい」ということだ。夫の親は80代。体のほうは元気なのだが、義父のほうは社長だったという自負があり、あまり同世代の老人とうまく付き合えない。老人会のお誘いに顔を出してみればと言っても、「あんなのは暇人が行くところだ」と言う。

暇は暇で淡々と生きて孤独を愛していればいいのだが、義母に寄りかかっている。義母はお花の先生もしていたし、墨絵やら何やら趣味の仲間も多く、よく出かける。それを義父は嫌がる。仲間と温泉旅行に出かけても、宿に義父は電話し「なにやってんだ」と怒る。義母の実家で法事があり、泊りがけで行けば久しぶりの親戚仲間と話がはずんでいると、義父から「早く帰れ」と電話が来る。なにせ義母の実家は九州なのだ。北の国からわざわざ九州まで出かけたらゆっくりしたい。なのに毎日のように義父が「帰れ」コールが来て、実家の人もあきれたり、心配する。そんなに妻といたいのなら、一緒に出かければいいのだが行かない。

義母がうらやましいのは、自由に暮らす未亡人の私の母だ。いつも「一人暮らしがうらやましい」「若いうちから未亡人になれてうらやましい」と言う。だから、少しでも一人になりたくて「1週間ぐらいお父さんを預かれ」と私たちに要求する。始めの頃は義父も来たが、正直うちに来ても誰も相手にしてくれない。私は外に出て、子供は学校、息子は仕事場で机に向かっている。やはり一人なのだ。散歩という趣味も釣りも囲碁も何もしない。昔は海外旅行が趣味だったのだけど、あることで騙されお金をなくしてしまったので、贅沢できない。そのことも私たちは最近知った。

義母から訴えが来たのだ。「お父さんが生活費を出してくれない」と。何か喧嘩したらしくて、義父は「この家もお金も全部自分のものだ」と、貯金通帳もすべて義母から隠したらしい。それで、義母は自分の貯金や年金で生活をやりくりしていたが、子供たちにSOSを出して、家族会議を開いた。「オヤジもぼけたか」と心配したが、ボケではなく、お金がなかったのである。

義母にしてみれば、人生のあてがはずれたようなものだ。昔はヨーロッパにも連れて行ってもらい、人も羨む暮らしぶりだったが、今ではお金はない。温泉にも連れて行ってくれない。息子と同居して、嫁が3食ごはんを作ってくれて家事から解放されるかと思ったら、息子は遠くに住み、たまにしか来ない。嫁は家事が苦手だ。

夫は「おふくろが親父を甘やかしたから悪い」などと言うが、あの世代では当然の妻の勤めだった。義父は、妻がいればタンスから自分の下着も出そうとしない。子供たちは「親父を残されて、おふくろに死なれたら大変だ」と言う。義母は、「私の方がもう駄目だよ」と気弱なことを言っているので、義母には未亡人という自由を少しでも味わってもらいたいと思っている。

でも、先に死ぬことを求められている義父という存在はなんだろう。お葬式で皆がほっとする場面が想像出来る。誰も来ない。義母のお葬式は若い友達も多いので賑やかになるだろう。ときどき、何かできることはないだろうか、と夫と話す。もっと大きな家を借りて皆で暮らすかとかも提案するが、義母は、友人の多い土地から離れたくはない。義父だけ引き取れと言われても、私には世話がしきれないし・・・正直これからどういう展開になるか不安なところだ。

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2007年2月 3日 (土)

女性は子供を産む機械

「女性は子供を産む機械」との柳沢厚生大臣の発言の後の、NHKの7時ニュースで国会でひとり呆然とたたずむ柳沢氏の顔がクローズアップされ、最後は涙をふきとりながら議場を後にする後姿が2回以上は繰り返し放映された。それはそれは人の好いおじさまで、いじめられっ子のようにかぼそいものだった。嫌な映像だと思った。案の定その後、母に用があって電話したら、「柳沢氏がかわいそうだ」という感想が出てきた。もっと悪いのは、悲しげな柳沢大臣の映像の後に、福島瑞穂氏はじめ野党の女性議員が辞任に追い込むまで「がんばろう」と気炎をあげている映像が流れたから、お年寄りの同情は柳沢氏に傾く。

次の日、ヘルパーの仕事で利用者さんのお宅へ行っても、あのニュースを観て、「柳沢氏がかわいそう」「社民党は女らしくない」などという感想を聴かされ、やはりなと思った。

もう、「エイエイ、オー」は古い。やめて欲しい。ひとつの言葉に「女性への冒涜だ」と興奮しないで、冷静に「どうせ男性の方が思っていることをつい口に出したのでしょうが、それは違うのだよ」と冷静に会見している映像を流して欲しかった。

野党は戦略を変えないと、勝てないのではないかと不安になる。今回のことが野党の追い風になるかといえば、そうではないような気がする。

利用者さん達は、今回の発言をどう思うか私に聞いてくる。「どうせ、おじさんたちの考えていることじゃない。でも、政策を考える大臣が言っちゃいけないね」と答えているが、高齢者の女性は、そんなに憤慨はしていない。「女は子供を産むのは当たり前」「昔は何人も産んだ」と言う反応が帰って来る。だから、実際には産みたくても身体的に産めない人、経済的に産めない人がいること。フランスの出生率が上がったのは、女性のための支援が充実していったことが理由だと思うこと。皆さんの時とは時代が変わったということ。そんなことを手短に説明する。話せば、「そうだな、国ももう少し考えてもいいな」などと言ってくださる。テレビだけ観ている人が圧倒的に多い世の中なんだもの。どうしたって自民党よりになっていく。野党もそこら辺をよく考えて行動して欲しい。国民の心を動かすパフォーマンス、言葉を発して欲しい。「エイエイ、オー」は反感を買うだけだ。それから、福島瑞穂氏が頑張っているのは分かるが、言葉の語尾やしゃべり方が女学生ぽいというか、「だって~・・・・じゃないですかぁ~」というのが気になる。毅然としたしゃべり方、テレビ向けのしゃべり方を身につけて欲しいと願う。

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