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2007年9月27日 (木)

バカ息子で対抗

 9月26日の朝日新聞に下記のような「個性豊かな手紙をかかせて」という投書があった。

小1の次男が「学校の授業で敬老の日のために手紙を書くんだ」と張り切っていた。(略)

 ところが、孫の手紙を受け取った母は困惑し、不満そうに電話をかけてきた。「あの子らしさがまったく出てない」。父も「あんなに冷たい手紙ならいらなかった」と酷評した。

 その手紙には4月の入学式のことを「こうちょうせんせいのおはなしをききました。いいおはなしをきけてよかったです」とつづり、次に「あいさつをせんせいやともだちにいえるようになりました。これからもあいさつをやくだてたいです」と書いてあった。

 帰宅してた次男に事情を聴いた。当初、「じっちゃん、おかあちゃん、ぼくは学校が好きなんだよ」などと書いたら、「もっとちゃんとした立派なことを書きなさい」と担任が添削。祖父母の呼び方も含め書き直させられたそうだ。

 今の教育はどうなっているのだろう。何か寂しく、むなしさを感じずにいられなかった出来事でした。

 この投書を息子に読ませ、「添削されたことある?」と聞くと、「いつもだよ」と答える。そうでしょうね。たぶん、内容というより文になっていないから、直されるのも当然だろう。(うちの場合は)

 そういえば、次男が「2年生になって頑張りたいこと」という作文で、「給食をがんばりたい」という作文を書き、担任の先生に受けていた。でも、「次郎君の作文が一番面白かったけど、始業式で読む作文は別の子のになりました」と言われた。公の場で読まれる作文は型のようなものはあるのはわかる。でもね。なにもかも建前の大人からのお仕着せ文書を書かせられたら、子供はますます書くことも嫌いになっていくだろう。

 道徳やら、型通りの作文などに子供は洗脳されていくだろうか。わが息子を見れば、表面は従っていてもバカ息子にはあまり効果はないようだ。なんたって3歩歩けば忘れるのだから。「すばらしいと思いました」と書いたって、へのかっぱだ。なんの実にもなっていない。バカは大切だ。画一的な学校教育にはバカで対抗するしかないと思ったのだった。

 でも、勉強は面白いものなんだよ、と教えたい。

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