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2007年9月14日 (金)

俳句ができない

 怖い夢を見て冷汗をかいて起きた。なんの夢かというと、句会に出て、ぜんぜん句ができない、集中できないというものだ。そんなことが怖いかと思うだろうが、前にどっしり金子兜太先生が座ってにらんでいた。

 こんな夢を見るのは、明日、句会に出るため仙台に行くからだ。起きてから、「仙台の句会に金子兜太先生いないじゃない」とほっとしたが、久しぶりの知らない人ばかりの中での句会が楽しみより、不安がまさっている。

『海程』という俳句結社がある。そこに俳句を投句している。主宰者は金子兜太氏だ。俳句界の巨匠と言っても、俳句に興味のない人は知らない。その昔、俳句したいなと思った時、夫の本棚に金子兜太の本があって、読んだら面白かったので『海程』に投句するようになった。

 初めのころは、東京の句会に行ってみたりした。秋田の「海程」全国大会で金子兜太氏に初めてお会いした。「新人賞とれ」と言われた。金子氏が岩手に来た時、中尊寺にお供したこともある。それに現代俳句協会の会員でもある。

 ところが山の家から盛岡へ来てから、あまり俳句が書けなくなった。ヘルパーの仕事と勉強をはじめたので忙しくなったせいもあるし、今まで書いていた山の動物たちのことが書けなくなったせいかもしれない。半年以上投句しなかったこともあった。それでも「老後の楽しみのためにも、俳句は続けていこう」と投句を再開した。この春、1年間の句を対象に新人賞を選ぶのだが、新人賞候補10位に入っていることを知った。そのときは、うれしいも不安もあまりなかったのだが、この夏の『海程』の紙面に選考した俳人の方々の批評を読み青くなった。私の名がいっぱい書かれていた。金子兜太氏には、「覚悟がいる」と書かれた。

 実際、去年の句に対しての評価だが、去年が山の家にいた時ほどいい句ができたとは思っていなかった。そうしてまずいことに、この4月に大学に入ってからは、頭が俳句モードにならない。締め切り前に5句をひねり出して投句していた。見たくもないまずい句だ。それは金子先生にもわかるので、とってはくれない。しかし、いろいろな人が「期待する」と書いてくれた以上、あまり下手くそな句ばかり作ってもいられない。自分の俳句思考を少しでも取り戻すために、仙台での「海程」の句会に出ることにした。「海程」には、各県に支部があって、句会や勉強会が行われているが、岩手にはない。「海程」に入っている人がほんの4人で、遠く離れて住んでいたり、高齢だったりするため、顔を合わせることもない。俳句なんて、どこの町でもグループや結社があり、句会も行われているのだが、「海程」は、現代俳句というジャンルで、普通は伝統的俳句をやっている方が多い。千葉にいる母が、俳句サークルに入ったら、そこの先生が金子兜太氏の批判をしていた、と言っていた。伝統的俳句をしている人は、金子兜太のグループが嫌いなのである。

 それはともかく、俳句である。ただ五七五と言葉を並べるだけでできる。それが明日持って行く俳句もできなくて苦しんでいる。それで夢まで見たから、そうとうのプレッシャーだな。俳句に興味ない人は、何が怖いのかわからないと思うが・・・。

 <2006年4月~2007年3月の俳句から>

    真冬日に命こんなに晴れるとは

    深き闇ふくろう飛ばず鳴くばかり

    イルカ鳴く深くもぐれば泣けるかな

    梨花の家テーブルクロスは白がいい

    牛蛙飢えた子だった老博士

    山椒魚無口な自分に慣れている

    胃が痛む毛虫一心に葉を食べる

    オニヤンマ森の時間は濯ぎやすい

    米を食う熊のせつなさ雲となる

    グミ食べるこれは記憶の種火です

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コメント

'70万博の少し前、小学生になるか、ならないかの頃、父の転勤で住んだ家は長い坂道を登った、山の中腹にありました。
 そこで、初めて見かけた細長いサクランボのような形の、切ないような夕焼け色の美しさと、渋みが残る、晩秋の山の空気のような香りの実の、誰にも見つけられずによく熟した甘さに、いくつもいくつも、つまんで口に入れました。
 まだ新しい土地に馴染めなかったり、妹が生まれて手の割けない母への屈託もありながらの一人遊びに、ポっと灯った赤い実は、優しみがこもっていました。
 
 めめさんの一句に、遠い日をひととき、よみがえらせて頂きました。

 

投稿: 下館のおばさん | 2007年9月24日 (月) 13時30分

下館のおばさん様
コメントありがとうございます。俳句を読んでくださるだけでもありがたい。幼い時の自分だけの記憶ってありますね。年取ってくると、それがとても大事に思えます。あの頃の自分と今がそんなに変わらない自分がいたりします。

投稿: meme | 2007年9月24日 (月) 19時50分

お作を拝見して、つい、独り善がりなコメントをお送りしてしまいましたのに、私の郷愁、感傷に寄り添って下さるご返事を有難うございました。
 専門家のようなことは申せませんが、火種の一言が、忘れかけていたグミの色の明かりを私の心に灯して下さいました。その明かりが、記憶の底に沈んでいたものを浮かび上がらせ、しばし少女の遊びに加わったことでした。

投稿: 下館のおばさん | 2007年9月25日 (火) 01時12分

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