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2007年10月の投稿

2007年10月27日 (土)

とりぱん4 と 別れの日

とりぱん 4 (4) (ワイドKC) Book とりぱん 4 (4) (ワイドKC)

著者:とりの なん子
販売元:講談社
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 でました『とりぱん4』。

 わがニュータウンが舞台の漫画ですが、今回もおなじみの場所が盛りだくさんで、我が家では「あの電飾の家は、○○さんの家だよね」と盛り上がりました。

 そうして昨日、このニュータウンからひとつの家族が引っ越して行きました。次男の親友で、そのお母さんは次男の学年のPTAの中でただ一人の友達です。彼女の夫は転勤のある公務員なのでいつかはこのニュータウンを離れることはわかっていましたが、急に年度途中の引っ越しでびっくりです。それを知ったとき息子は大泣きしながら家に帰ってきました。私だって久しぶりに涙が出てくる別れです。

 昨日家に帰ると、息子に「M君行った?」と聞きました。授業が終わってから友達を昇降口までみんなで送ったそうです。それから息子は車を追いかけて走り続けたそうです。「でも、もうたくさん泣いたから泣かなかった」と言いました。『とりぱん』が舞台のニュータウンでの小さな出来事です。

 

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2007年10月22日 (月)

友達

 昨日は、ヘルパーの仕事を頂いている施設の秋祭りだった。屋台を出し、バザーをやり、食堂、喫茶コーナーを設け、施設の見学もできる。去年は手伝ったけれど、今年は午前中に英検の試験を受けるので手伝えなかった。去年は私も手伝ったが、ヘルパーはボランティアのお手伝いだった。今年は時給も出るし、お昼もつくということで、所長が代わると違うわねと手伝いも去年より多い。

 英検の試験は恥ずかしくて報告できない。ぜんぜん勉強しないで試験を受けた。長男の同級生のお母さんに「英検受ける」と話したら、次にスーパーで会ったときに「私も刺激されて受けることにしたわよ」と言う。彼女は英文科卒業で英語の塾をしていたこともあるので、私より上の級を受ける。TOEICしか受けたことがないので英検も試しに挑戦という余裕なのだ。今行っている大学ではTOEICの試験をすすめているが、私などは英検を目標にして「やり直し英語」を勉強するといいと先生にすすめられたのだ。

 英検の試験を受けてから家に帰り、近所の民生委員の女性を連れて施設のイベントへ行きお昼を食べる。民生委員のUさんは、すぐ家が近くだから顔を合わせるくらいだったが、夏に「次の民生委員になってください」と頼みに来られてからお話するようになった。なんだかとても優しそうな人なので断るのが悪い気持がしたが、もちろん「そんな暇がない」と断った。Uさんは今年で民生委員定年となるらしい。今どき、たいしたお金ももらえずにボランティアとして民生委員をやってくれる人もいないのだろうか。そのあと市会議員さんを連れてお願いに来たり、ひとりでもまた来たりした。それで、仲良くなった。なんだか少女の面影を残す背景を知りたくなって、お昼に誘ったという訳だ。

 二人でお昼を食べ、お茶を飲んでおしゃべりした。施設の人たちからは「お母様?」と言われた。感じが似ているそうだ。なんとなく似た者同士というのは世代を超えてわかるのだと思う。話してみれば、生活や趣味や考えていることも話が合うものだ。心の友がまたひとりできたという感じだった。

 心の友いえば、前に町の事業所のヘルパーをしたときに訪問していたある女性とは心の友になった。私が辞める時にがっかりしていた。そのあとも私に会いたがっていると聞いた。でも、ヘルパーは個人的に付き合ってはいけないらしい。辞めた後も。彼女は1回だけ私の電話番号を調べて電話してきた。きっと淋しいことがあったのだろう。私も電話したいけれど、我慢している。それ以来、ヘルパーとして利用者さんと友達になどならないようにしようと思っている。別れがつらくなるからだ。

 金曜日に映画を見るために、夕方町に出た。川沿いの彼女の住むマンションが見える。何階だったと数え、はじから何番目の部屋と探す。ちょうどバスが止まっていたのでゆっくり探す。その部屋には電気がついていなかった。胸がドキドキする。入院でもした! 夜に出かけることはないはず。でも部屋は真っ暗だ。「温泉に友達と行くこともあるから出かけたのだろう」と言い聞かせた。そうだ、前の事業所に遊びに行って様子だけでも聞いてみたいと思った

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2007年10月20日 (土)

オフサイド・ガールズ

昨夜、女性センター主催の映画『オフサイド・ガールズ』を観に行った。http://www.espace-sarou.co.jp/offside/

 イランでは、女性がスタジアムで生の男性スポーツを観戦できない法律があるらしい。でも、サッカー熱は少女たちにも広がって、「どうしてもサッカー観たい!」と男装してスタジアムにもぐり込むのだが、捕まって兵士に見張られてしまう。

 キャストに素人を集めたということだが、味のある少女たちと人の良さそうな兵士たちのやりとりだけで飽きさせないからたいしたものだ。イランというと、私はアメリカとの関係でのニュースでしか接しないが、映画を見ると親近感をもてる。

 映画にはなぜか息子のサッカークラブのコーチが来ていた。その少年サッカーは安比に今日と明日は合宿だ。本当は私は世話人だからいかなくてはいけないのだけど、いろいろあってパス。朝はお弁当づくり、それから小学校の奉仕清掃活動の窓ふきへ行った。一生懸命拭いてきたら腕がだるい。これから仕事だ。行きたくない・・・・。でも、行かなくちゃ。

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2007年10月19日 (金)

船越 桂

 俳句の締め切りなのに頭が俳句モードにならない。そういう時は何か言葉に刺激を与えるようなものを読むといいなどと、彫刻家、船越 桂の『言葉の降る森』(角川書店)を読んでみる。船越 桂は盛岡生まれ、父親も有名な彫刻家の船越保武。

  船越 桂のサイト  http://www.show-p.com/funakoshi/menu.html

 読んでいて結局俳句できないまま夜は過ぎてしまった。

 でも、彫刻家のようにこつこつと仕事を仕上げていく、そんな仕事がしたいと思った。最初のほうで、私が言うのも失礼だが、同じように思うことが書かれていたので引用する。

本当のデッサン力がないから、多少ともいいデッサンになるのには、かなりいやな時間を過さなければならない。ただ、苦しんだ分、良くなっていきはじめたときは、ワクワクする。でもそこで「行ける!」と思いすぎると、手がかじかんで急にデッサンの中から勢いが失せてしまったりする。おとといの相撲で八年ぶりに金星をとった力士が、「行ける! とは思わずに、これでもか!これでもか!と思っていた」とインタビューに答えていた。キリンジュっていい相撲とりだなと思った。

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2007年10月16日 (火)

放送大学

 盛岡に住んでから岩手大学の中にある放送大学で科目をとって勉強していた。大学に入って思うことは、放送大学の教材は良くできていると思った。教科書も分かりやすい。もちろん退屈な放送もあったが、今の大学の講義より良いと思うものもあるし、レベルは高いと思う。

 今、受けている講義は高校を出たばかりの学生さんを相手にしているので、正直言って物足りない講義もある。1年生の講義だから仕方ないかもしれないが・・・。こんなところで時間つぶししていいのかなと、考えたりする。ある先生から院へ行けば良かったのにと言われ、それを考えてもみる。でも、学部で必修をとらないと社会福祉士他の国家試験受けられないし、来週あたり何か手はないかと教授に相談するつもりだ。ただ、つまらない講義の間は思索の時間とすることにした。

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岩手山初冠雪

 岩手山初冠雪!

 朝、犬の散歩に行った夫から岩手山が白くなっていると聞く。大学からの岩手山の眺めはいいのだが、朝は観た時は雲に隠れ、昼に姿をあらわしたときには雪は消えていた。盛岡に住むところを探そうと考えていた時、冬にこのニュータウンへ来て、岩手山の眺めに感動して住みついてしまった。一緒にまわってくれた不動産の人が、「条件は岩手山が見える家」とメモしていた。

 夫は昨日から犬と山の家へ行っている。山の家も薪割りやら冬支度をしないといけないし、家もほったらかしにしていると荒れてくる。これからは、山の家でも仕事ができるようにインターネットも使えるようにした。そこでひと月の半分は夫は山の家に籠もることになるかもしれない。そうなれば、我が家は母子家庭のようなもので、家事が全部私の肩にかかってくる。でも、山の家も大事だし文句はない。その代り、私が休みのときは長く家を空けることもできる。お互い様だから。

 お山が3回白くなれば、平地にも雪が降るという。この冬の雪はどんな降り方になるだろう。

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2007年10月15日 (月)

自分との戦い

 土日にゆっくり寝坊できる生活というものに憧れる。我が家は息子らのスポーツのおかげで土日も朝が早い、というか大会などあると4時ごろからお弁当づくりということもある。

 大学がはじまってみると、夕方は疲れて食事を支度する元気がないので、朝に何か夕食を作っておく。だいたいが煮物とか豚汁のような具だくさん汁物。そういうものがあれば、帰って来て魚を焼いたりすればいい。このところバスで帰ると渋滞する場所があって帰宅が遅れる。息子たちは腹減らしだから、夫が何か加えてすでに夕食をはじめていることが多い。金曜の朝は、朝4時半からカレーを大量に作りお弁当と朝食を作って作業が終わったのは6時半だった。それをやりながら洗濯も干す、大学の準備をする。悩みは朝3時に起きても机に向かえる時間が少ないことだ。2時には起きないといけないが、だんだん早く布団に入れなくて、3時過ぎに起きるようになる。

日曜日はサッカークラブの芋の子汁会があり、大量の唐揚げを作り、芋の子汁をお母さんたちと作る。そうそう土曜日は息子の友達がくるからと、仕事前にパンの耳をたくさん揚げて置いて行った。パンの耳も、唐揚げも、カレーもなんでもきれいになくなるのはうれしいが、土日は料理して1日が過ぎて行くような日々だ。

 ある大学の講義で某先生(男性)は、料理が得意だと話す。奥さんも仕事を持っていたので、家事分担をしたときに「料理の腕は圧倒的に自分の方が上だったので、料理の担当となった」ということ。子供の幼稚園のお弁当作りもやり、添加物に気をつける、出来合いのものは買わないというこだわりがあったから、なかなか大変だったらしい。それは「自分との戦いだった」などとおっしゃっていた。

「自分との戦い」とはオーバーだけど、料理はやはり人を育てている部分があるかと思う。掃除は手を抜けても料理はなかなか手を抜けない。安くて美味しいものをと考えると自分で作るしかないからね。うちの場合は、料理以外は夫もするが、料理は簡単なことしかしない。それでも食卓を整えたり、後かだづけをするので、料理ぐらいは私がしなくちゃと毎日腕まくりの日々なのだ。

 しかし、夫も帰りの遅い働くお母さんたちは、毎日どんな戦いをしていうことだろう。共働きでも夫があまり家事をしない家もあるとも聞く。「自分との戦い」は並ではないかもしれない。

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2007年10月11日 (木)

金木犀

 金木犀が好きだ。小学生の頃、庭に大きな金木犀の木があった。ある日、学校から帰ると母が日当たりが悪いと、その木を切り倒してしまっていた。泣いた泣いた。泣いて母を怒らせた。「そんな木ごときで、泣くなんて」と。

 東北に住み始めて、金木犀を見かけないことに気がついた。昨年近くの花屋が閉店セールしている時に、金木犀の大きな鉢植えを売っていて花をつけていた。思わず買ってしまったが、東北は寒すぎて金木犀にはあわないのだそうだ。だから、冬は家の中に入れておかないとだめだという。こんな大きな木を家の中でと少し迷う。家の中で観葉植物を育てるのが下手だ。冬に水やり忘れたり、凍死させてしまう。それでも冬の間気をつけて面倒をみ、この秋たくさんの花をつけた。玄関入口に置き、その香りは道路を通って広がっていく。

Img_1345

 金木犀の花。

 花が終わったら、家の中に移動させなければ。あまり大きくさせないために剪定をしたほうがいいのだろうか。剪定の仕方を調べてみないと。

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2007年10月10日 (水)

ひっつみ

ひっつみ

班の学生が希望のものを入れていったら、具だくさんのひつつみ汁になってしまった。私がやった仕事はひっつみを前の晩に練ったことだけ。「ひっつみ」とは、小麦粉のだんごのようなもの。薄く引きちぎって汁に入れる。関東で言う「すいとん」。息子の誕生日もしないといけないので、後かだづけは手伝わないでひと足先に帰る。みんなテキパキと働き、野菜切りも上手だ。学部が社会福祉だからかもしれないが、おばさんとも仲良くしてくれて、今時の若者は私の時よりましに見える。

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かりん

かりん
今日は、学部の1年生と先生で芋煮会がある。班に分かれて、それぞれの鍋を作る。わが班は「ひっつみ汁」を作ることにした。荷物があったので、いつもと違う所に車を止めたら、まわりにカリンの木にがたくさんあり、実もいっぱいつけている。もちろん何個か頂く。栗も落ちていた。拾いたかったけど、何しに来たのか思い出した。

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2007年10月 8日 (月)

チベット

昨夜、NHKスペシャル「激流中国・チベット」 http://www.nhk.or.jp/special/onair/071007.html を観た。(10月9日の深夜1時から再放送)

チベットの首都ラサに中国本土からの鉄道「青海チベット鉄道」が2006年7月に開通した。それにともなって、チベットの変容ぶりをある漢民族の資本主義の代表のようなオーナーを持つホテルを舞台に描かれている。途中で怒りで気持の悪くなる内容だった。チベットに押し寄せる観光客、チベットで富を掴むためにビジネスを興す人々。番組の副題に「鉄道開通で聖地に富が」とあるが、その富は他所から来た企業家の金持ちのもとに集まるだけで、チベットの人たちは安いお金で働かされる。その上、文化や信仰まですべて金の亡者にたかられる。本当にお金のためにチベットが壊れようが中国政府は構わないのだろう。チベットの聖地としての力は観光資源として吸いつくされる。

それを予測して鉄道開通反対の運動は起こっていたようだ。俳優のリチャード・ギアも反対声明を中国政府に出したらしい。  http://blog.goo.ne.jp/chishu75/e/3db0b1aa9847be29a1dd525246cbd65f

先進国がさんざん自然破壊をしておいて、他国のことに口を出すことをおかしいと言う人もいるかもしれないが、チベットが踏み荒らされることには私も胸が痛くなった。

たしかに放送されたように、白い山々を望みながらチベット高原を走る列車は乗ってみたくなる。しかし、この番組を観たら恥ずかしくてチベットには行けなくなった。ダライ・ラマ14世は今のチベットをどんな思いで見ているのだろうか。中国政府は、ダライ・ラマ15世をどこかで教育しているなどという記事もでた。北京オリンピックもあるので、チベットの観光客はますます増えるらしい。もちろん日本人も多い。日本人、欧米人が骨董を買いまくるだろう。なんとかしたい。

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2007年10月 6日 (土)

嫌いな番組

 昨夜、次男が「世界びっくり人間! ニッポン珍滞在記」という番組を観ていた。夫は山小屋、兄は空手でいないから、「テレビでも観てて」と言ったのだ。台所から居間に行き、画面を見ると、異常に小さい人と大きい人がタレントに囲まれてスタジオに座っている。息子に「誰なの」と聞くと、中国の人らしい。それからテレビは北海道の旭山動物園に行き、一緒に行ったタレントが「僕らが見られているよね」と言う。ナレーションは、見世物になっていても動じないふたりとか言っている。でも、嫌だった。どういうつもりでこんな番組を作るのか。スタジオのタレントは笑っている。息子に「お母さんは、なんか嫌だな。何言ったって見世物じゃない」と怒ったら、テレビを消した。

 それにしても、バラエティ番組ってなぜ皆タレントが座って泣いたり、笑ったりしているのだろうか。司会者がいて映像が流れて、クイズが出たり、感動したりする。私は頭が固いのかぜんぜん面白くない。でもそれは私の好みだから、バラエティ番組があってもいいが、昨日の番組はなにか人間のいやらしさを見てしまったようで、胸がざらざらした。

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2007年10月 4日 (木)

ランチの場所

ランチの場所
今、大学敷地に隣接する森林公園で昼を食べている。大学の喧騒から逃れるために来る。
春は、一人騒がしい中で昼を食べるのが嫌でよく来ていた。花も鳥も種類が多い。今は紅葉はまだだからか、誰もいない。
そういえば、大学のはじめ、痴漢が出るから女の子は抜け道に通らないようお達しがあった。女の子ではないから、森の中にもずんずん入って行く。
ヤマボウシの実がいっぱいなっていたので頂く。
山の家にも実がなるのだが、スズメバチがたかるから食べられないのだ。様子をうかがうと、トンボしかいないから安心して味わった。

<追記>

上の写真は、森林公園にある大木だ。夏に地元の情報誌でも紹介された。夏休みに看護科の社会人学生の先輩(年下ですが)と大学のカフェテリアでランチをしているとき、彼女がその情報誌の切り抜きを私に見せて、「隣の公園にあるのでしょう。見てみたい」と言う。その木は、カフェテリアから見える森の境界を越えたところ、すぐそばにあるのだ。お昼を食べて木を見に行くことにする。しかし、いつもの入口にいくのが面倒で、草の中を突き進んで行くと、夏休みだから子供たちが木に登って遊んでいた。栗の木だと情報誌には書いていた。前に息子を連れて散策したことがあるが、この木を見て「ハリーポッターに出てくる暴れん坊の木だ」と喜んだ。春は木のまわりに水仙が咲いて不思議な所に迷い込んだような感じになる場所なのだ。

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ノート

 大学の前期の講義では、普通のノートに「コーネル式ノート」 http://www.itmedia.co.jp/bizid/articles/0610/23/news006.html にするため自分で線を引いて使っていた。

 後期では、A4のルーズリーフを使うことにして、それに線を引いてみたりしたが面倒くさくなった。書式をダウンロードして印刷してみたが気に入らない。私は綴じたノートが好きなようだ。ルーズリーフは便利だが、なんでも捨ててしまう私はうっかり整理しないで捨ててしまいそうだし、バインダーにとじるのも面倒だ。便利なものはないかなと思ったら、学研でコーネル式に分割されたノートが商品としてあることを知った。http://www.gakkensf.co.jp/lineup/notememo/index.html

「これだわ」と、休みに町に探しに行こうかネットで買おうかと考え、大学の帰りに家の近くのスーパーにある小さな文具店をのぞいたら、ちゃんとその「The Note-Taking System」が各種棚に並んでいた。普通に中学生も使っているのかな。すぐ欲しくなって、持っていた3,500円でノートを買いこんだら3千円超えてしまう。あと400円しか残っていない。冷蔵庫にはキャベツがあったからと、380円の豚肉こま切れを買って、野菜炒めにすることにする。

 この「The Note-Taking System」はB5なので、「使いづらい、A4にして欲しい」という意見もあるようだが、1回に数ページ書けばいいし、コンパクトで保存する場合も邪魔にならないと思う。これで線引き作業はなくなったが、あとはしっかりノートを取れるかだ。

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2007年10月 2日 (火)

後期授業はじまる

 10月から大学の後期授業がはじまる。朝早く大学へ行きパソコンに向かい履修登録してから、1時限目から講義開始。社会福祉部以外の講義で先生に「聴講生の方ですか」と聞かれる。「すみません、学部の学生です」と、ついあやまってしまう。

 後記、履修する科目は以下のもの。この大学は半期単位で講義が行われる。

 コンピューター入門(前期はホームペイジ作りをし、後期はエクセルやパワーポイント)、 教育心理学、ジェンダーと文化、障害者福祉論Ⅰ、国際社会福祉論(アジアを中心に)、児童福祉論、統計B、教育原理、哲学、介護概論、精神保健Ⅰ、老人福祉Ⅰ、ユニバーサル社会開発論、学の世界(グループ形式で、本を読んでいく入門クラス)、そして英語。

 ため息が出る。前期より科目が多い。一番心配なのは体力だ。最近、肩が重くて背中に肉がついたのだな、やせなくてはと思っていたが、太ったのではなく肩こりだとわかった。今まで肩がこったことはなかった。「なんだか、肩が重い」と夫に言うと、「いつもおもりが入っているようだろ。おれなんかいつもだ」と言う。夫もパソコンに向かう仕事なので、ひどい時は首が動かせなくなる。50歳も近くなると、体をいたわりながら行動しなくては、運動しなくてはとと反省する。

 第2外国語は中国語にしようなんて思っていたが、だんだん時間が苦しくなり、第2外国語をはじめ体育など何科目かは、前の大学での単位を認定してもらう申請を出し、OKとなった。前にやった第2外国語はフランス語だった。成績表を取り寄せたら、「優」が並んでいるではないか。ぜんぜん身に覚えがないというか、すべて忘れているが免除してもらうことにした。人生の中で一度がんばったのだからいいでしょう。今は英語だけいっぱいだ。

土曜日はヘルパーのバイトして、日曜日は息子たちのサッカーやテニスの送り迎えをして、日々は確実にすぎていく。

 あと自慢したいこと。前期の成績が医学と社会学が「良」だった他、10科目全部「優」だった。医学は落とすかもしれないと思ったのに「良」だった。年寄りに優しいのかな。それにしても、試験範囲も教えてくれた親切な科目でも落とす子供たちがいる。勉強する気がないのよね。親が学費を出しているんだから、もう少し勉強しろと言いたくなる。ついつい親の目線になってしまう。

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2007年10月 1日 (月)

犬の表情とうさぎ

 『ジェンダーとメディア・ブログ』の「田舎暮らしを訪ねて」 http://d.hatena.ne.jp/discour/20070927 で「犬の目には表情がある」と書いてあった。犬って表情がある。目で話すのだ。

 山の家に住んでいた時、我が家の犬は車が嫌いだった。車に乗るのは動物病院へ行くときだったから、しり込みしてすごい抵抗をするものだった。それが、ニュータウンへ引っ越してきて、頻繁に山の家との往復に車に乗せるようになると慣れてドライブが大好きになった。

 窓から顔を出し、気持よさそうに外を見ている。信号で止まるとき、散歩中の犬を見つけると耳をピンと立てて「おおっ」と顔をし、振り向いて「お母さん、犬がいますぜ」と目で言う。「かわいいお友達ね」と言うと、「クンクン」情けない声で鳴く。「遊びたいよ」

 トラックが勢いよく通れば「おっと危ない」と身をすくめ、ニュータンに戻ってきたときは、中学校の前あたりに来ると「もうすぐ家」とわかるみたいで、目を大きくして尻尾をぶんぶん振る。

 散歩に出るのが遅くなってオシッコをもらしたときは、耳を下げて目を合わせないようにしている。でも、顔でわかるよ悪いことしたって顔に書いている。

 この犬も12歳になる。東京で飼えなくなったという人からもらった雑種だけれど、シェパードの血がまじっているとかで毛の色は黒色で面構えが怖い。気は優しいのだが、よその人は怖がるので番犬になるのだ。山の家にひとりで行くと、「一人で泊まるの」と、友達や近所のばっちゃんが言う。山の中に女ひとりと心配するのだ。隣はあるけれど、少し歩かないといけない見えない隣だ。でも、犬一匹役いるだけで心強い。まだまだ生きてくれればいいのだが、心臓が悪い。前飼っていた猫は17年生きた。最近の動物は長生きだと思っていたら、この間、うさぎが死んだ。夏椿の根元に埋めた。しかし、うさぎが居なくなるとゴミ処理に困る。キャベツの芯、リンゴの皮、大根の皮、レタスの少々痛んだの、なんでも食べた。生きるコンポストだったのだ。しかし、うさぎには目の表情というものがなかった。抱っこが好きで喜んでいるのだろうが、猫のように喉をならしたり、気持よく目を閉じることもない。それでも、いなくなってみるとぽっかりその場所があいてさびしい。

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