« 歩きたい | トップページ | ボランティアの活用? »

2007年11月 3日 (土)

ハードワーク

ハードワーク~低賃金で働くということ Book ハードワーク~低賃金で働くということ

著者:ポリー・トインビー
販売元:東洋経済新報社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 これは夏休みに読んだ本。大学の本棚で見つけたこの本に書かれたイギリスの低賃金労働者の様子は今ここで起こっていることだった。

 ジャーナリストのポリー・トインビーが低賃金労働者の現場にもぐり込んで働き経験したことのレポートだ。彼女はまず自分の家を出て低賃金者向けの治安の悪い公共アパートへ入居し、派遣会社に面接に行き、清掃員、給食のおばさん、施設の介護などの仕事につく。そうして得た賃金で生活をしてみることを試みた。それは、洒落たレストランや劇場にはいけない生活、本当に最低限の生活だった。

 そうなのだと実感するところを引用する。

すぐにでも辞めてやりたいと愚痴をこぼすが、実際はやめることもなく、毎日重労働をこなして疲れはてている。なぜ辞めないのかといえば、お互いが好き、この学校が好き、仲間が好き、校長が好きだからだ。それにも増してふたりで結束し、毎日過酷な労働に立ち向かうこと自体が、続けていく原動力になっている。それができること、重労働に負けないことが、ある意味ふたりにとって誇りになっているのだ。

会社はこうした気持ちを徹底的に利用する。それどころか、辞めない理由する理解していないことが多い。 「給食のおばさん」(P124)

 人は賃金の高い所に移動するというが、そうでもない。私が行っている事業所もヘルパーが辞めない。そのことを皆が満足していると考える上の人もいるようだ。でも違う。家が近いからというのが大きい(通勤に時間がかかるとお金と時間がかかる。公務員並の待遇なら皆どこにでも通うだろう。でも、100円、200円の時給の違いなら、家の近くで慣れたところがいいに決まっている)。そうしてやはり主任が好き、やりがいもあると感じる。しかし、その気持ちをいつも利用されている。いたるところで、女性のケアする習性、前向きさ、生活力を詐取されている。

女の仕事はいまも生来の機能のひとつとみなされ、タダ同然でいいと思われている。老人のからだを洗ったり優しく接したりするのに資格はいらない。女なら誰でもできるというわけだ。介護、掃除洗濯、料理から子どもを教えたり、育てたりすることまで、女性特有の技能とみなされる仕事の価値は軽く見られ、それが低賃金問題の核心になっている。母親は子どもを愛するからこそこうした作業をしているわけで、給料をもらおうなどとは思っていない。となれば、働く女性はすべからく社会の母となり、ほとんどただ働きをしてしかるべきだ、という暗黙の思い込みがある。(P259)

 男女雇用均等法とかもあるが、それはエリートのための法律だ。「女性の力を大いに活用して」という言葉ほど嫌なものはない。どこの国でも相変わらず変わらないことだと確認した本だった。その後、自分の生活に戻った著者がどんな活動をしているのかを知りたいと思う。

|

« 歩きたい | トップページ | ボランティアの活用? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 歩きたい | トップページ | ボランティアの活用? »