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2007年11月25日 (日)

茨木のり子

 最近、なんだか心弱いのではないかと落ち込むことが多々あった。人の言葉にいちいち傷ついていた。もしかしたら私の感じ方が間違っているのではないのかと思った。自分が能力もない木偶の坊に感じ、山の家にこもって土いじりしているべきだったと後悔してみたりした。

 でも最近また文学方面の方々との交流を再開したら、何か大切なことを思い出させてくれました。あのね、木偶の坊でいいんだと。普通の優しさはそのままでいいんだと。そうして、茨木のり子の「汲む」という詩も思い出した。もう一度言葉を信じてみようと思った。

大人になってもどぎまぎしたっていいんだな

ぎこちない挨拶 醜く赤くなる

失語症 なめらかでないしぐさ

子供の悪態にさえ傷ついてしまう

頼りない牡蠣のような感受性

それらを鍛える必要は少しもなかったのだな

年老いても咲きたての薔薇 柔らかく

外にむかってひらかれるのこそ難しい

あらゆる仕事

すべてのいい仕事の核には

震える弱いアンテナが隠されている きっと

    「汲む」 茨木のり子の詩より一部抜粋

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