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2007年12月29日 (土)

愚痴

 高齢者と生活を共にするのは、生活様式の違いがあって難しいです。

 夫の両親は、寝るのは遅く12時を過ぎてからです。朝は起きるのが遅いです。私は早寝早起きです。12時まで話し相手をするのはつらいです。そうして遅く寝ても私は朝早く目が覚めてしまいます。でも、義母が起きてからでないと起きてはいけません。

 結婚したばかりの夏に実家に泊まった時は、朝、目が覚めてしまって外に散歩に行きました。コンビニでコーヒーを買い飲みました。しかし、帰ってきたら義母に「あなたが朝から音を立てるので起きてしまった。寝不足だ」とずっと言われ続けました。

 起きるのは義母が身支度を整え、お湯を沸かす頃に下に降りて行くのがベストです。つい諦めて二度寝してしまい遅く起きていけば、「遅いわね」と機嫌が悪くなります。夫に言わせると昔からだそうです。子供の学校のある日は、義母はどうにか起きてきますが、学校がない日は起きてこないのだそうです。だから、子供達も起きてはいけなくて、ベッドの中でお腹を空かせて義母が起きるのを待っていたそうです。10時を過ぎてやっと起きられるとか。そのあと、やっとごはんにありつけたら、家中の掃除なのだそうです。水ぶき、からぶきとしていたそうです。お友達と遊びたかったそうです。

 また、朝起きるとテレビをつけ、寝るまでテレビはついています。義父がお炬燵でうたた寝をしているので、テレビを消そうとしたら、「観ている」とむっくり起き上がりました。食事中はテレビを消そうとしたら、義母に「なんで消すのよ」と言われます。我が家はあまりテレビを観ないし、家にあるのはパソコン画面ぐらいの小さなテレビがあるだけです。夫の実家には画面の大きなテレビが狭い居間に鎮座しています。それに音も大きくしているので神経が疲れます。そうして、私がついテレビに見入ったりしていると、義母がチャンネルを変えてしまいます。テレビを観ていないで話を聞けということでしょう。そうです。1日義母の愚痴を聞かなければいけません。

 人が自分の思い通りに動かないと怒る人がいます。義母もそのタイプです。私が買い物から帰って、のどが渇きました。義母は「品物は私が片づけるから、コーヒーを飲んでいて」と言ってくれました。私はコーヒーを入れてお炬燵に座ります。義父が観ているテレビではNHKの「プロフェショナル」の再放送が流れていました。私も観ます。しかし、隣の台所で義母のイライラした音が聞こえてきます。まだ5分も立っていないのですが私の休憩は終わりのようです。でも、テレビが面白いので無視をして観ていると、「早く野菜洗ってちょうだい!」と声が飛んできます。夜はお鍋です。まだ3時です。もっとゆっくり支度してもいいのですが、仕方ありません。

 3日のがまんと私は思います。夫の実家の人たちは昔から我慢してきたそうですが、それが良くないと私は思っています。夫は、「反論すれば、泣きわめかれておしまいだ」と言いますが、話し合ってこなかったから、義母のわがままに君臨しています。義父も子供のように怒鳴られています。あれでは痴呆もひどくなります。私は「もっと、おだやかに。お父さんは認知症なのだから、忘れたからっていちいち怒れば自分がストレスをためて損だよ」とも言いますが、「フン」と鼻でさえぎられます。高齢となった義母の性格を和らげるのは今から無理なのかもしれません。

 高齢者になってわがままに暮らすのは悪くないと思います。柔軟性もなくなってきます。でも、誰かと一緒に仲良くやっていくという技術も必要だなと最近思います。高齢者世帯でも子供たちが寄り付く家と、子供が近くに住んでいても寄り付かない家があります。私は冷たい子供達だなと初めの頃には思いましたが、どうも高齢者自身にも問題があるようです。子供のほうは小さいときに虐待されていたと思っていても、親のほうは苦労して子供を育てたのに子が冷たいという記憶のすれ違いはよくみられます。家庭の数だけ様々な事情があるようです。それらの感情を乗り越えて高齢者と付き合っていくには技術が必要だとつくづく思ったのでした。

 ほとんど義母への愚痴でした。義母のことで昔は頭に来ていましたが、今はあきれていると言ったほうがいいかもしれません。義母とは思わず、いち高齢者としての反面教師だと思っています。

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