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2008年1月 2日 (水)

それが問題よ

 義父を盛岡に連れてきたとき、「おばあちゃん、具合悪いからゆっくり休ましてあげるの」と説明しました。「かあさん、入院するのか」と聞きます。やっぱりお義母さんのこと心配しているのね、と思ったら、「おれのごはんは誰が作るんだ」と聞きました。「入院はしないけど、疲れているの。家事を休みたいの」と言ったら、「ごはんを作るのがかあさんの仕事だろ」と不思議そうに言います。心の中で「女はごはん作るために生きているんじゃないのよ」と思ったけれど、85歳の人に言っても仕方ありません。でも、かあさんがとうさんに食べさせられなかったら、子供たち(主に嫁とか娘)が食べさせる。それができないと、ヘルパーさん、そして食事つきの施設というように、食べること、清潔に暮らすことを女から女へ、家庭から社会へと転嫁していく。義父と会話していて、生活ということをどうやって組み立てていくか、老いに向かう前に考えておかないといけないと思った。まだまだ台所に立てると思っても、立てなくなる日が来るのだ。

 それから、介護サービスやデイ・サービスの話をする。介護保険を払っていることも。義父は、「それらは、役所がやれと言ってきてくれるのか」と聞く。「役所は言わないの。自分で申請しなくてはいけないの」「お願いに行かなくては何もやってはくれないの」「どうすればいいんだ」「私が全部やるから」などという会話も何回も繰り返したが、「おじいちゃん、なかなかいい質問なのよ。今福祉は、措置制度から自分がサービスを選ぶ時代になったの。ケアプランだって専門家ではなく家族が作ってもいいの。だから、知らない人は損をするのよ」と私がほめる。ここのところが高齢者にはよくわからないから説明する。では申請してくれる人がいないと、そのお年寄りはなんのサービスもないのか、とも聞かれた。どうなんだろうね。民生委員さんとか訪ねるとか、生活保護の人なら役所の人がアドバイスしてくれるとは思うけど、利用できないまま孤立している人がいるかもしれないね。介護保険もすごく上手に利用している人と利用できない人とにわかれているのだと思う。お金は一律取られているのだけどね。

「でも、そうやって人に頼めばお金がかかるだろう」「だから、介護保険払っているから大丈夫よ」 でも、夫の実家はだまされてお金がない状態だ。介護サービスを頼むにしても1割負担をすることが義母はわかっていて、「そんなお金は出せない」という。なので夫が負担してあげるということになった。利用者さんの中にもお金持ちと国民年金できつきつで暮らしている人、いろいろな人がいる。お金がある人は、毎日ヘルパーに来てもらっても請求書を見て「安いわね」と言う。お金がない人は、デイサービスを2回行っていたのを1回にしたり、ヘルパーは週1回にする。同じ介護度であっても個人の経済状態によってサービスに差が出てくる。それが自己責任というものなのか。それでいいのだろうか。

 認知症の義父に何度も説明しながら、だんだん矛盾点が見えてきたりする。「それが問題なのよ」。生活を誰がみるのかとか、介護保険とはとか、義父とぼけた会話をしながら、なかなか私たちは介護の核心点を話しているのだなと思っていた。

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