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2008年2月22日 (金)

 久しぶりに千葉の母に電話する。元気そうだ。まだ、パートをして車を運転して飛び回っている。パートーナーの犬の散歩があるのであまり旅行へは行けないと言っていた。

 夫の実家のほうは、落着きを取り戻している。私が手配して義父はディ・ケアへ行き、義母は週に1回だけヘルパーさんに来てもらうことにした。そのために、ケア・マネージャさんやヘルパー・ステーションの方、またはデイ・ケアの方がたびたび家を訪ねてくるそうだ。

「お客が多くて、うっとうしいわよ」と義母。「まあ、そう言わずに。みんなお仕事なんだから。私たちだけでなく、いろいろな人が関わって見守ってくれているのだから」と言う。「うっとうしい」と言いながら、きっと義父への愚痴を言いまくっているだろう。

 ヘルパーさんはとはうまくいったかなと、電話する。膝が痛くて風呂掃除ができないので、大変なところをお願いするように言ってあるのだが、義母は「あれで、よく子供二人もいる主婦なんてしているわね」と文句を言う。私のこと言っているのでしょうか。掃除のやり方が気に入らなかったようだ。「まさか、そんなこと言ってないでしょうね」。「言わないわよ」と言うけれど、嫌みのひとつも言ったはずだ。「まったく」という溜息を私がついたら、「私は病気なんだよ! 仕方ないでしょ」と怒鳴っていた。病気とは、潔癖症のことである。

 確かにすごいきれい好きである。わたしには疑問もあるが、本人はそう思っている。私も義母の代わりにお風呂掃除をするが、必ず点検して水で流して調べているのを知っている。自分でなんでもやらないと気が済まないタイプである。「いつかは体が思うように動かない時も来るのだから、誰かに任すということも覚えないとね」と言う。「わかっているわよ」と義母。

 義母に私は言った。「嫁としての世話はしないから。友達として助けたい」と。義母はびっくりしたようだけど、それからわりとお互い本音で話せるようになってきたかもしれない。義母の嫌味も頭に来ない。「また、そんなこと言って。性格悪くなるよ」。「もう、悪いよ」と言い合っている。

 しかしね。義理の母には言いたいこと言っても実の母には、とても恐れ多くて言い返せないというのが私の困ったところだ。

 ケア・マネージャーさんも盛岡まで電話で様子を知らせてくれる。「ヘルパーさんに対して失礼なことをしているかもしれないけれど、根は悪い人ではないからお願いします」と伝える。ケアマネさんも何回か会ってわかっているようで、「厳しい方だけど大丈夫ですよ」と言ってくださる。

 でも、義母が気に入ったものがあった。この間、豆入りドライカレーを作り、ナンを買って実家に持って行った。家に着いてすぐに食事の支度をするのが面倒だからだ。そのナンを温めてだしたら、すごく美味しいという。カレーと食べるというのも気に入ったようだ。「あの塩味のパンをまた買ってきて」との注文だ。義母は食べ物がむずかしい。九州で生まれ神戸で青春を過ごしたので、東北のものが今でも口に合わないようだ。海辺の町に住んでいるのに、刺身は食べない。三陸の魚はだめなようだ。九州の魚を恋しがる。「やっぱり魚はブリだよね」と私も言う。ここらへんで売っているブリは養殖の小さな切り身だけだ。私の父親は佐賀の唐津の人だ。私も何回か行ったことがある。義母も玄界灘を見て育った人なので、私は少し気持がわかる。「太刀魚なんかも食べたいね」とふたりで言い合う。岩手出身の義父や夫は面白くない顔をするが、「玄界灘のイカは美味しいよ」とこの時ばかりは義母の見方をする。

 親というものは、これも出会いだったとしか言いようのないもだとつくづく思う。

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