介護殺人
最近、介護疲れからの殺人や心中の記事が続くような気がする。今日も下記の2つの記事があった。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080318-OYT1T00301.htm
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2008031802096244.html
ヘルパーは来ていた例もあるのに、ケアマネに相談できなかったのだろうか。経済状態が良くない人も多い。お金さえあれば、介護もどうにかなるのものだ。でも、1割負担ができないために介護保険で認定されてもサービスの利用を控える人も多い。
私も普段は、毎日ヘルパーに来てもらっても、利用料を「安いわね」と言うお金のある利用者さんと接しているので、今の高齢者は恵まれていると錯覚するところがある。しかし、どこかに介護サービスを受けられないで、私たちの目に留まらない高齢者がいるのだ。
ディ・サービスに通うと千円から千500円の1割負担が取られる。毎日遊びに行ける人は、お金に余裕のある人だ。。介護保険の制度改正から2回行っていたのを1回にする人もいる。その方は自宅ではお風呂に一人で入れないので、週に1回のディ・サービスでの入浴となった。ヘルパーがお風呂介助もできるが、ヘルパーの利用日も減らしたから、買い物や掃除で時間がいっぱいなのでお風呂介助するプランは作れなかったのだと思う。
盛岡で発行している雑誌『家と人』(リヴァープレス社)で、北上市で在宅医療に力を尽くしている及川優医師の連載がある。一番新しいVOL.16で、及川医師も介護保険の疑問を書かれていたので引用する。この文は、80代の父親を一人で介護していた男性が自分の体の不調を隠していたのをケアマネさんに心配され、ようやく受診したときにはガンが手遅れだったという事例のあとに書かれている。
昨今の医療体制は様々な抑制力が働いて応能負担から応益負担へ移行してきている。弱者切り捨てになっている。
保険料を支払っているにもかかわらず、十分なサービスを受けることができない介護保険制度の在り方もこれに拍車をかけているという矛盾点が指摘されている。
1割の負担金が生活を圧迫し、必要なサービスの利用を受けられないという問題が起きている。
生活を切り詰め倹約し、訪問看護やヘルパーの利用も症状が極めて悪化した時だけの一時しのぎの利用、一時しのぎの往診を受けるのがやっとという人々が少なくない。
昨今、介護・看護の現場では、制度があっても利用できない、低所得者には経済的負担が大きい、弱者を排除してしまう制度ではないか、問題が山積みし、早く見直しが必要であるという声を聞く。
平等なサービスの利用ができることを謳い文句の一つに掲げて発足した介護保険制度。大いに疑問を感じるこの頃である。
そういえば、昨日「徹子の部屋」に上野千鶴子氏が出ていたので少し観た。「介護保険制度があるから、頼れる子供や身内がいなくても生活できるいい制度だ」と黒柳徹子にレクチャーしていたけれど、この二人なら利用料払ってフルに介護保険を利用できるだろうなぁと思って聞いていた。確かに、家族だけで介護しないで、または一人暮らしで、ヘルパーさんを利用し、在宅で生活できる制度はすごく良いと思っている。90歳でも毎日、1日に2回ヘルパーさんに来てもらい一人暮らしをしている方もいる。その方は三越の通信販売ショッピングが趣味である。「女はいくつになっても買い物が好きなのよ」と、元気な素敵な方だが、お金持ちだからできる生活でもある。いくら毎日切り詰めて介護保険料を払っても、皆が平等にサービスを受けられていないことを知らなくてはいけないし、この状況はひどくなっていく気がする。
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