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2008年3月 8日 (土)

リゴベルタ・メンチュウ

『私の名はリゴベルタ・メンチュウ』を読み終わった。読み進めるうちに年代をみると、リゴベルタ・メンチュウは私と同じ歳ぐらいなのではないかとわかった。グアテマラでのインディオへの迫害、拷問、虐殺がそんなに昔のことではないことに驚くとともに、まだまだ現在でもあることだと思い返す。

 長編ドキュメンタリー部門でアカデミー賞をとった『闇へ』のテレビ版の放映を先日観た。米兵がアフガニスタン人に対して行った拷問を追っていくドキュメント。拷問した兵士も登場して語る。末端の兵士は裁きを受けるが、おおもとの原因を作った者には何の裁きもない。反省もしていない。いつものことである。普通の市民がなぜ残酷になれるのだろう。上からの命令で兵士は倫理観もなくなるのか。もともと残酷な素質があるから兵士になるのか。上に気に入られないと生きていけないのが軍隊なのか。やはり肌の違う人間を人間以下に感じるのだろうか。未だ世界は、虐殺も拷問もなくなる世界を実現できない。

 本を読んでから調べて、リゴベルタ・メンチュウは1992年のノーベル平和賞を受賞していることを知った。また、彼女が語る自伝に改変があることの批判(実家はインディオの中でも裕福だったとか、教育も受けていたとか)や、一部本人も認めたとかという記事もあったが、リゴベルタ・メンチュウ自身のことは些細なことだ思う。グアテマラで起きていたことは事実なのだから。

 「あとがき」にグアテマラに住んでいた日本人の紹介があった。1846年、岩手県藤沢町に生まれた屋須弘平。蘭学医の息子として生まれ、若くして医学、フランス語、スペイン語を身につけた明治時代のエリートだったが、いろいろな経緯でグアテマラに渡り、その地で写真館を開いて成功したということだ。なぜ、彼がグアテマラにとどまることになったのか、知りたい。

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