« 後期高齢者医療制度と終末期 | トップページ | 後期高齢者制度の目的は・・・。 »

2008年4月10日 (木)

新学期

 今週は月曜が小・中学校の始業式で、いきなりお弁当作りも再開して、バタバタする。息子は二人ともクラス替え。それぞれ小学高学年と中学の2年と3年を過ごすクラスだからドキドキしていたらしいが、兄の方は「奇跡だよ」と喜んで帰ってくる。一緒になりたいと思っていた友達とほぼ同じクラスだった。「お母さん的にもいいクラスだよ」と言う。息子の友達のお母さんは知っているし、これは頼りになるという人たちばかりでうれしい。弟の方は、近所の仲のいい子と離れて少しがっかり。でも、先生がいいからまずはご機嫌よく帰ってくる。それぞれの春だな、子供がうれしと親もうれしいよ。

 母の方も月曜日から大学がはじまる。講義は金曜からスタートなのだけど、ガイダンスなどがあり、昨日は健康診断だった。昔、大学に行っていた時は健康診断などあったかしら。ぜんぜん記憶にない。「麻疹などの調査票」も渡され、母子手帳を持ってきて、麻疹やおたふく、風疹にかかっているか、報告せよとある。母子手帳など残っているはずもなく、千葉の母は覚えているだろうか。私たちは実習に行くから厳しいようだが、抗体を調べるための採血もしたから、お金のかかることだなと思った。

 去年の健康診断を思い出す。実に淋しいものだった。話す人は誰もいないし、それどころか、はじめて人からぎょっとした顔で見られる、蔑んだ目で見られるということを体験した。若い子や事務の人たちには私の姿が異様だったのかもしれない。高校出たばかりの若い子の中にいる中年のおばさん。冷たい視線、「この人なあに」という視線というのはあるのだとはじめて身を持ってわかった。錯覚ではない。今まで人からは親切にされるか、一目おかれるかという世界にいたので、私を見ないようにする視線にはこたえた。最後の内科検診で、若いお医者さんから「健康に気をつけてがんばってください」と言われ、横にいた年配の看護婦さんから「私も応援するわ。がんばってね」と、優しい言葉をかけられた時は涙が出てきたものだ。

 それも昔の話になってしまった。

 今では若い子たちも私という存在に慣れてしまったようだ。待っている間も男の子が、「めめさん国際福祉Ⅱ取りますか」と聞いてくる。「国際福祉Ⅰ」で一緒に発表した子だ。「無理かもしれない」などと履修計画の話もできる。事務の人も自然な対応をしてくれるようになった。異質なものも慣れてしまえば平気なのだ。

 今日は4年生や3年生と英語論文読みの自主トレをやる。英語の先生が時間をあけて教えてくれるのだが、皆の時間の調整役をやっているのが少し面倒ではあるけれど、この自主トレで長い文も目に慣れてきたかもしれない。ときどき、働かないで勉強していることに後ろめたくなるけれど、ここまできたら卒業するしかない。楽しんでやるのだ。

|

« 後期高齢者医療制度と終末期 | トップページ | 後期高齢者制度の目的は・・・。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 後期高齢者医療制度と終末期 | トップページ | 後期高齢者制度の目的は・・・。 »