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2008年4月 8日 (火)

後期高齢者医療制度と終末期

 昨日、車の中で国会中継を少し聞いた。

 「後期高齢者医療制度」。その正体をよく知らないまま、スタートしたのだが、本当に保険証が代わっただけで、医療は手厚く受けられるのだろうか。負担はどれだけ多くなるだろうか。折込広告とともにチラシが入っていたりするのだが、私はよくわからなかった。でも、国会中継を聞いていて不安になってきた。

 舛添厚生大臣が、「9割の人が延命治療を拒否している(何の9割かはわからない)、在宅で終末期を希望する人が多い」ようなことを語っていた。終末医療をどうするか。「在宅で死ぬ」ことが、まるでいいことのように言われるが、本当にそうなのだろうか。確かに、在宅で親しい人に囲まれて最期を迎える在宅ホスピスの本など読むとそれはいいことなのだけど、そのための支援体制がどこでも手厚く備わっているわけでもないのに、自宅に帰されたりしないだろうか。地域で支えるしくみがなければ、負担は家族が背負うことになる。まして、家族がいない人、家族がいても面倒をみられない人はどうすればいいのか。そういう人は、病院や施設でみますが、家族のいる人は家族でみてくださいと言っているようにも聞こえる。でも、家族が同居の場合のヘルパー派遣も難しくなるようなことも聞いた。なら、家族の介護力に期待がかかっているのか。

 「在宅で終末期を迎えるという希望にかなった医療」、言葉はきれいだが本当の目的は、高齢者のことを考えたのではなく医療費を減らしたいためだということを忘れないでおこう。確かに無駄な医療費は多いかもしれないが、医者の薬の出し方や他にも問題があるのではないだろうか。なんとも「後期高齢者医療制度」は乱暴なやり方にならないか心配だ。

・・・・・ということを今朝書いた。それから、大学の図書館で『福祉労働 NO.118』を読んでいたら、『「終末期」医療の動向」という清水昭美という方の記事があった。まず、最初に「リビング・ウィル作成に診療報酬がつく」という新聞記事が引用されていた。

 http://www.mainichi.co.jp/universalon/news/prt/0210m094-400.html

 たしかに「終末期」をどう定義するのだろうか。ガンで「余命何か月」宣告された人が何年も生きるという例もある。高齢者は死にそうでもしぶとかったり、元気でも急に亡くなったり、予想はもっと難しい。「在宅医療の充実のため」ということも言われているらしいが、在宅医療の美名のもとで何が行われようとしているのか不安というか、信用できない。

 年取って、何もリビング・ウィルなんかを書かされて死まで管理されるのかしら。この制度に障害者も加えたいなどという話も聞くと、やはり何かおかしな気分になる。

 

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